Last updated:2002/6/27

『セカンド・バレンタイン』

『セカンズ』三部作エピソード1

 
 
『あの時』を取り戻せたら・・・。

 6   第5章 『ファースト・バレンタイン』
更新日時:
2002/06/23 
  その夜、靖は布団の中で何度も寝返りを打ちながら、今日の放課後の事を繰り返し思い起こしていた。
(今日までの展開は、まさに俺が十年前、中学三年生のときに体験した出来事そのものだった。)
つまり、靖が良く考え、記憶の糸をたどっていたら予測できた事だったのだ。
(と言う事は,明日からの出来事も、俺には予測できるはずなんだ。)
もちろん、靖が十年も前の出来事を一日一日はっきりと記憶しているわけではない。
しかし、
(しかし、あの日は別だ。あのバレンタインデーだけは、昨日の事のように思い出せる。)靖は、十年前のあの日の事を、決して小さいとは言えない胸の痛みとともに思い返していた。
 
    ※               ※
 
 その日は、教室の雰囲気が、なにかいつもと違った。当然と言えば、至極当然の事だ。なぜなら、女子生徒にとっては、卒業前に自分の気持ちを伝える最後のチャンスになるだろうし、男子生徒にとっては、チョコレートがもらえるかどうか,ある意味プライドをかけた日になるからだ。最悪の場合,自分の思いを寄せている女の子が別の男子にチョコレートを渡している、そんな場面を目撃しかねない。したがって、二月十四日というこの日は、学校が主催する運動会や文化祭、卒業式よりも、『意味』のある日になってしまっていた。
 靖は、自分がチョコレートをもらえるかどうかより、その日の和弘の動きが気になって仕方がなかった。休み時間のたびに、和弘の所在を、教室に、廊下に、ベランダにと確認して歩いた。
 そして、それは昼休みに起こった。
教室のうしろの出入り口に、菅原由香とその親友で剣道部員でもある三浦茜が顔を覗かせたのである。その出入り口の近くに座っていた和弘が、茜に呼ばれて出ていったのを、靖は見逃さなかった。席を立ち、そっとドアから和弘たちの様子を盗み見た。一瞬,自分のやっている事が情けない行為ではないかという考えが頭をよぎったが,そのときの靖には、そうするしかなかった。
廊下の窓側に、和弘と由香。気を使っているのだろうか、茜は少し、距離を置いて二人から視線をはずしている。靖には、後姿の和弘の顔は見えなかったが,白い肌を朱色に染めている由香の表情は、良く見て取れた。二人が二言、三言、言葉を交わす。そして由香が手にしていた,ピンクのリボンで結わえてある小さな包みを、和弘に差し出した。
「・・・!」
そこまで見た靖は、きびすを返すと、足早に教室の反対側、ベランダへと出た。
おそらくはチョコレートであろうあの包みを、由香が和弘に渡した意味、それはもう考えるまでもない。ベランダは,外からの粉雪が舞い込み、指先がかじかんだ。靖は、誰もいないベランダで一人、胸の痛みに耐えかねて涙を流したのだった。
その後、靖は和弘に視線を一切向けなかった。もちろん言葉も交わさなかった。靖は帰りの会が終ると、カバンを引っつかんで、急くように教室を出た。今は,和弘の声を聞くことも笑顔を見ることも耐えられないように思われたのである。こんな考えや行為が、逃避に他ならない事は靖にも良くわかっていた。しかし、今はとにかく早く一人になりたい。それだけだった。
ところが、校門を出たところで、思っても見なかった人物に呼びとめられた。
「先輩!靖先輩!待ってください!」
菅原由香だった。靖は,驚いて足を止めた。校舎内から走って出てきたのだろう。吐く息が荒い。
「・・・先輩が・・・こんなに早く帰るなんて思ってなかったから・・・びっくりしちゃいました。」
整わない息で途切れ途切れに由香が言う。と、由香の後ろに人影が立った。由香の親友の三浦茜だった。
「先輩。茜ちゃんが、渡したいものがあるって。・・・ほら、茜ちゃん!」
由香が茜の背中を押し、靖の前に近づける。茜の手には、小さな赤い包があった。何が起ころうとしているのかわからない靖に、茜はそっと包みを差し出した。
「・・・靖先輩。これ、良かったら、受け取ってください。それから・・・。」
茜はさらに頬を赤くして続けた。
「中に手紙が入っているので,・・・読んでください。」
靖は,反射的にそれを受け取った。思ってもいない人物から、考えもしなかった贈り物。自分自身が狼狽しているのを感じたが,その包みを受け取った直後,靖の視線は茜ではなくその向こうの由香を見ていた。由香は,靖に背中を向けうつむいている。
(そうか。和弘のときに茜に付き合ってもらったから,そのお返し、ということか。)
靖は、その事を思い切なくなった。それでも、
「あっ、ありがとう。」
やっとそれだけ口にする。茜は、にっこり微笑み、ピョコンと一礼すると、由香の背を叩き、二人いっしょに校舎に向かって走り出した。靖は,その後姿を見送った。茜は何度も振りかえったが,由香はとうとう一度も振り向かず,背を向けたまま、校舎に消えて行った。
 
       ※         ※
 


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