Last updated:2002/6/27

『セカンド・バレンタイン』

『セカンズ』三部作エピソード1

 
 
『あの時』を取り戻せたら・・・。

 7   第6章 『 異  変 』
更新日時:
2002/06/23 
  これが、十年前の二月十四日のできごと。その日の出来事は、大きな感情の起伏をともなって今でもはっきり思い起こす事ができる。
思えば、このとき靖は生まれて初めて、プレゼントとラブレターをもらった事になる。本来であれば靖にとって、記念すべき出来事であったはずだが,その相手が由香ではなかったという事、そして何よりもその相手の応援を、由香がしていたという事に、言い知れぬ胸の痛みを感じた。その痛みは、十年と言う歳月を経てなお、消える事がない。由香が、自分を「友達の好きな人」としか考えていないということを、突きつけられたのだから・・・・・。
茜からはその後も何度かアプローチがあった。手紙をもらったり、受験の前日にお守りをもらったり・・・。しかし靖の態度が煮え切らなかったため、それ以上の進展はなく、高校への入学とともに、自然消滅してしまった。結果、茜にも悪い事をしてしまったと靖は思っていた。
 一方の、由香と和弘は、バレンタインの日以来、何度か連れ立って歩いているところを目撃した。そんな時は決まって、視線をそらし足早に立ち去る。靖にできる精一杯の行動だった。
 和弘とは進学先の高校も違った事から、中学卒業後、二人の関係がどうなったか、靖にはわからない。また・・・、あえて知ろうとはしなかった。
 
(あの、二月十四日が、またやってくる。)
 そのシナリオがどのように書かれているのか、わかっているのに、いや、わかっているからこそ、胸の鼓動が高鳴ってくるのを止められない。
(どんな理由で,自分の意識が過去に飛ばされたのかは,わからない。しかし、なんだってよりにもよって、こんな日に飛んできたんだ?)
もし、これが「神」という存在のなせる技なら,事情を説明してくれ!靖は心の中でそう叫んでいた。
 
 次の日からは、穏やかな日常(靖にとっては必ずしも日常とは言えなかったが)が、流れていった。一つだけ変わった事は、靖が親友である和弘との接触を極力避けるようになったという事だ。和弘の顔を見ると、どうしても由香への想いが吹きこぼれてしまうように思えたのだ。当の和弘は、いつもと変わらず、靖の席によって来ては、たわいもない話をしていたが、あまりに靖の反応がそっけないので、
「どうしたんだ?お前。受験勉強のし過ぎか?」と、まるで見当違いの事を口にした。
そして、一週間ほどがまたたく間に過ぎて行き、バレンタインデーは数日後に迫っていた。
 そんなある日の放課後、靖たち三年生は最後の進路相談のため、担任との話し合いを行っていた。
(本来教師である俺が,中学生として進路相談を受けるなんて・・・。これはもう、笑うしかないな。)靖は自嘲した。
順番がたまたま、最後だった靖が,その面談を終えて校舎を出た時には、あたりはすっかり暗くなっていた。暦の上ではすでに春だが、吐く息はまだまだ白い。雪解け水が、折からの寒さで氷になろうとしている道を、靖はゆっくり踏みしめるように歩いた。
と、二、三十メートル程前方に、小さな人影が見えた。
(うちの学校の女生徒だな。)靖がなにげなく観察していると、「キャーッ!」という叫び声とともにその影が倒れた。氷にでも滑ったのだろう。なかなか起きあがれない様子なので、心配になった靖は、女の子のもとに駆け寄った。
「どうした?大丈夫か?」そう声をかける靖に、転んだままの少女が振り向いた。あたりはすっかり暗いはずなのに、ふしぎと少女のその白い顔だけは、はっきり確認できた。
(由香だ!)
 驚いたように、大きな目で靖を見上げる由香がそこにいた。
靖は無造作に、自分の手を由香に差し出した。靖自身も自分の行動が、信じられなかったが、その時はそうすることが自然に思えたのだ。ちょっとためらったあと、由香は靖の手に自らの手を添えようとして、「あっ!」と、声を漏らし、その手を引っ込めてしまった。
「先輩。・・・ごめんなさい。手が泥だらけだから・・・。」
「かまわないさ。ハンカチでふきゃ、なんてことない。」
そう言って靖は,由香の手を半ば強引につかみとり、ぐいっと引き起こした。
「だいじょうぶ?痛いところない?」
「ええ、ちょっとお尻が・・・。でも、大丈夫です。お尻の肉、厚いですから・・・。」
由香が,にっこり笑う。靖の顔も自然にほころぶ。(こんな冗談を言える子なんだ。)
靖は由香の新しい一面を垣間見たような気がしてうれしくなった。
お互い,ハンカチを出して、手の泥をぬぐう。
「先輩。本当にすいません。私のせいで手を汚させてしまって。」と、頭を下げる由香。「いや・・・。」
成り行きとは言え、自分が取った行動に靖自身驚いていた。しかし、考えてみれば、今ここいるのは、十五歳の姿をした二十五歳の靖なのだ。それなりの恋愛経験もつんだ男なのだから不思議な事ではないかもしれない。それでも、しだいに、顔が紅潮してくるのを感じた靖は、その顔を見られないように
「それじゃ、気をつけて帰れよ。」
そう言うと、歩き出した。すると、「先輩!」靖の背後から,由香が呼びとめた。
驚いて振り返る靖。
「なに?」
「いえ、この辺、変質者とか出るらしいんですよね。」
「・・・・・?」
「・・・私、一人で帰るの,こわいんですけど・・・。」
良く見ると、由香は顔を赤らめ、はにかんでいるのがわかった。
彼女の言葉や態度の意図は、良くわからなかったが、靖は、どうせ帰り道だと思った。
「わかった。じゃ、ちょっとだけボディーガードになろうか。」
「ええっ?それじゃ、先輩がケビン・コスナ−ですか?」
クスクスと、由香が笑った。
 二人は,並んで歩き出した。時間にして、ほんの十分程度の道のり。何を話すわけでもなく、黙って歩く。不思議な事に靖にはその沈黙が、重苦しいものではなく,むしろ心地良いものに感じられた。男同士の友人だって、押し黙って十分も歩けば気詰まりになる。しかし、うつむきかげんに歩く由香の傍らで、靖は安らぎのような暖かな気持ちに包まれていた。
やがて、由香の家の前まできた。由香はくるっと体ごと靖に顔を向けると、
「ありがとうございました。」
そう言って、笑顔で頭を下げた。きれいな笑顔だな。そう思いながら,靖は片手を上げて,「それじゃ」と歩き出す。ところが「先輩!」また由香の呼ぶ声。
振り返ると、うつむいて、何か言いよどんでいるような由香の姿があった。
「どうしたの?」
そう問う靖に、由香は複雑な表情で大きく首を横に振った。
「すいません・・・。いいんです。さようなら。」
そう言ってきびすを返すと、走って行ってしまった。
(何か,言いたい事があったんだろうか。)
靖は、最後の不自然な由香の態度が気になった。
 
 
(あれ?変だぞ!)
靖がそれに気づいたのは、家に帰って夕食を食べ,風呂に入っているときだった。
(今日の放課後のような出来事は、俺の十年前の記憶にはない。十年前にあんな事はなかったはずだ。)
由香と,二人きりで話した事など、間違いなく今日が初めてだったのである。靖にとっては,宝物のような時間だったが,あれは間違いなく「異質な時間」であり「逸脱した出来事」なのだ。
(歴史が,少しだけ変化し始めている。)
靖は、言いようのない不安が胸の中をよぎっていくのを感じていた。
 


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