Last updated:2002/6/27

『セカンド・バレンタイン』

『セカンズ』三部作エピソード1

 
 
『あの時』を取り戻せたら・・・。

 4   第3章 『 再  会 』
更新日時:
2002/06/15 
 次の日の朝,
「靖!靖!遅れるよ。早く朝ご飯食べちゃいな!」
母親の声でたたき起こされた。反射的に身を起こしながら、あたりを見まわす。一人暮らしのアパートではない。ってことは・・・やはり、あれは夢ではなかったのか。
靖は,改めて自分が特別な状況にいることを思い知らされた。
 夕べはなんとか家族と問題なくすごす事が出来た。もともと,口数が多いわけではないので,黙っていればそれで済む事が多い。ようは、余計な事を口に出さない事だ、と靖は考えた。しかし、十歳年若い、父親や母親の顔を見るのは、さぞかしショックだろうなと思いきや、それほど変化は見られなかった。多少、白髪やシワの数が少ないだけのように思われた。
(問題は、これからだ。)
と、靖は思った。家族よりも厄介で多種多様な友人関係が、学校では待っている。こればっかりは、一日中黙ってすごすわけにはいくまい。第一,クラスメート全員の名前が思い出せるかどうかも自信がなかった。
 
 靖は、わざとゆっくり家を出て、遅刻寸前、始業のベルが鳴り終わるとほぼ同時にに教室にすべりこんだ。理由は二つある。一つは、周囲の人間との余計な会話を少しでも減らすため、そしてもう一つは、自分の座るべき席を、簡単に見つけ出すためだった。中学三年生当時の学級は覚えていたが,さすがに席順までは記憶のしようがなかった。そこで、最後に教室に入れば,空いている席が必然的に自分の席となる,靖はそう考えたのだ。
席の探索は、思惑通り成功した。ほっとしていると、やがて、学級担任の安田先生、通称ヤッシーが入ってきた。なぜ,ヤッシーなのか?それは、先輩から代々受け継がれてきた呼び名で、詳しい所為はわからない。
(わかいなあ〜。)声こそ出さなかったが,かつての担任の若々しい姿に、おかしさがこみ上げてくるのをかみ殺すのが大変だった。というのも、現実の世界で靖は十年後のヤッシーと、教員の研修会で何度か顔を合わせているのだ。十年後の彼は、ふさふさした前髪が、ほとんど失われているのである。
懐かしい顔ぶれの中,朝の会が行われていく。靖は、できるだけ周囲に目を向けないようにした。みんなの顔を見ると吹き出しそうになったり、妙に思い出に浸って見つめてしまったりしそうな自分を押さえる自信がなかったからだ。休み時間だろうがなんだろうが,できるだけみんなとの接触は避けた。
 しかし、午後になると幾分、気持ちも落ち着き、かつての同級生の顔を盗み見る余裕が出てきた。
前の席に座っているのが、良男。大人しくて無口なやつだ。今の中学生の中にいたら,間違いなくいじめのターゲットにされそうだが、靖たち仲間からは「つりの達人」として一目置かれていた。右隣が、ひろみ。女子生徒の中では靖と仲が良く,靖は「アンパン」というあだ名で呼んでは彼女をからかっていた。それでもそんな言葉を笑い飛ばしてしまう、そんな女の子だった。左隣の女の子が幸子。今改めて見なおすと、結構きれいな顔立ちをしていたんだな、と靖は思った。十年後の彼女を靖は知らない。もったいない事をしたかな、とチラッと靖は思った。
 とにかく、こうやって、見まわすとみんな実に気の良い連中で、靖にはどれもが懐かしくいとおしい顔に見えた。もちろん、当時は憎たらしいヤツもいたに違いないのだが・・・・・。
 
 なんとか無事に一日の日程が過ぎて行き、帰りの会が終ると、靖は安堵のため息をついた。
(これで、なんとかこの世界でも生活できそうだ。しかし、このまま戻れないとなると・・・・・。)
そう思いながら,カバンを背負い込むと、ポンとうしろから肩を叩かれた。驚いて振り返ると、そこには今井和弘の姿があった。十年前と寸分変わらない姿の和弘。靖にとって彼は、親友と呼べる数少ない友人の一人だった。何を指して親友と言うかは別として、中学時代の三年間、同じ剣道部で過ごし、最も長く同じ空間と時間を共有した仲間だ。三年生の中では、あまり素行のよろしくないとされている和弘だったが、靖は飾り気のない彼が好きだった。
「靖。ちょっと部活をのぞいていかねえか?」
和弘がそう言う。受験を1ヶ月後に控えているこの時期、もちろん靖も和弘も部活など引退しているはずであったが、どういう思惑があるのか。靖は自然とその疑問を口にする事が出来た。
「なんだってんだ。何か用事でもあるのか?」
すると和弘は、ちょっと横を向いて視線をはずした。
「いや。しばらく、武道館にも行ってないからな,なんとなく。」
「ふう〜ん。」
これは,何かあるな,と靖は思った。まあ良いや。十年ぶりに武道館をのぞいてやろう。気持ちに余裕が出てきたためか、妙な好奇心もわいてきた。
「わかった。つきあってやる。行こうぜ。」
「よし!」
和弘の顔が、一瞬、パッと輝いたように見えた。
 
 武道館では,もう後輩たちが稽古をはじめているらしく、竹刀の音と、気合が元気良く響いていた。靖たち二人が、稽古場の戸を開けると、
「集合!!」大きな声がかかり、部員全員が二人を取り囲んだ。全員と言っても、このところの剣道人気の低迷で、部員は一、二年男女合わせて十一名しかいないのだが。
二年生のキャプテンが、大きな声で挨拶をし他の部員もそれに従う。
「お願いします!!」
剣道部員の儀式。OBが現れると、必ず行われる事だ。
かつてのキャプテンだった和弘が口を開いた。
「今日はちょっと見学にきただけだから・・・。みんな頑張ってくれ!」
「はい!!」
後輩たちは走ってもとの位置に戻り、稽古を再開する。
(懐かしい光景だな・・・。)と、靖は、ちょっと胸が熱くなる。本来、十年後の世界でも剣道部の顧問をやっている靖にとっては毎日繰り返されているものだが,かつて自分が竹刀を振るっていた空間を見渡すと、言いようのない懐かしさがこみ上げてくる。
靖と和弘は、稽古の邪魔にならないように、隅のほうであぐらをかいて見ていたが、やがて靖は和弘の視線が、一人の女子部員に注がれているのに気がついた。防具の面越しに顔は見えないが、垂れに大きく名前がかかれているので、すぐに誰かがわかった。
(菅原由香だ。)
靖は,改めてここが十年前であり、自分自身が中学三年生という過去の時代にいるのだという事を認識した。
(そうだ。十年前のここには、菅原由香がいたんだ。)
靖は、胸の鼓動が高鳴ってくるのを感じた。そして靖の目もまた、いつしか由香の白い剣道着姿を追っていた。細く華奢な体が、カモシカのように躍動する。ああ、確かにこの姿、そしてこの動きは、まぎれもなく由香のものだと靖は思った。
 


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