その日は、朝から小雪が降り続き、夕方には、あたり一面真っ白な絨毯がしかれたかのように、薄く雪が積もっていた。二月初めのこの時期、東北の田舎町では珍しくもない光景であったが、三上 靖は、舌打ちしたい気分になりながら中学校の駐車場へと、雪を踏みしめる足を急がせた。
新任教師としてこの郡部の中学校に赴任してから二年目。彼にとって、この季節は最も苦手とするところだ。とにかく、寒いのがつらいと言う事もあったが、雪の多いこの時期は、行き帰りのたびに、車の雪を払い、エンジンを温めるという手続きが不可欠になるからだ。この日も、寒さで凍った車のドアをこじ開け、エンジンをかけると、車の窓という窓を、丹念にブラシを擦りつけながら、雪と氷を払い落としていく。結局、エンジンをかけてから、車をスタートさせるまで、ほぼ十分という時間が必要であった。
路面は、「アイスバーン」状になっている。冬季の路面には幾分なれている彼ではあったが、運転に使う集中力は、夏のそれとは比べようもない。ブレーキのタイミング一つで、大きな事故につながるからである。
靖は、慎重にハンドルを操作しながら、漠然と夕食について考えていた。まっすぐ帰っても一人ものの自分を待っているものはいない。暖かい部屋の明かりや、夕食が用意されているわけではないのだ。時計を見ると、もう、午後6時を廻っている。
(考えるのもおっくうだ。ラーメンでも食って帰るか。)
栄養のバランスも、何もあったものではない。早く、暖かい食物で胃を満たしたい。そう、思ったまさにその時、対抗車線を走っていた大型バスが、すべるように靖の前面に迫ってきた。狭い県道は逃げ場がない。靖は目をつぶって、ただただ、ブレーキを踏み込む!
これまで体験した事のない衝撃が、体中をつきぬけ、そして・・・靖は、意識を失った・・・。
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