「恋」とは人間にとって自然と心に芽生えてくる感情の一つではないだろうか。幼子が「喜び」や「怒り」「悲しみ」といった感情を覚えていくことに等しいのかもしれない。しかし、恋が他の感情と異なるのは、それ自体がすべての感情をともなってしまう事だ。恋することによって人は「喜び」「悲しみ」ついには「嫉妬」という厄介なものを抱えてしまう。
とりわけ「初恋」というのは特別だ。それがたとえ短命で終っても、その後の恋の根底にひっついて消えることがない。「大人」になって肉体的な共有感を重ねた恋が、少年時代の「目と目が合っただけで震える」そんな魂の共鳴にかなわないことさえある。
それでもやはり「初恋」は多くの場合、成就することなく終わりを告げる。その形は様々だろう。相手に受け入れてもらえなかったり、離れ離れになって時の流れの中で見失ったり・・・・・。
僕の場合は・・・。ちょっと自分でも良く分からない。初恋の相手であった彼女「えくぼセイジン」は、小学生から中学生へと年を重ねるごとに美しくなって行ったし、僕の彼女への想いは、性の目覚めとともに高まって行った。
とりわけ、忘れられない場面がある。その日のことは、今でも鮮明に脳裏に焼き付いて消えることがない。場所は中学校の体育館。いつもの月曜日の朝会。なにげなく彼女の並んでいるであろう場所を僕はうかがい見たのである。そこには、今まで肩まで伸びた髪で隠されて見えなかった彼女の白いうなじが、輝いていた。中学入学と同時に、バレーボールを始めた彼女が、ショートカットに髪を切りそろえて来たのである。僕の胸はいつにも増して大きく鳴った。そうでなくても、膨らんでいく彼女の胸やしなやかに伸びていく足に囚われていた僕の目が、また新たなポイントを見つけてしまったのだから・・・。
「いやらしい」と言われればそれまでだけれど、これは男として生まれた「性(さが)」なのだから仕方がない。
そんなふうに一人想いをつのらせていた僕の初恋が終ったのは、彼女に振られたわけではないし、彼女に恋人ができたからというわけでもない。
当時中学三年生だった僕が、「千恵」という小学五年生の少女に出会ってしまったことが、きっかけだった。
僕はそのころ、部活を引退したばかりで目標を見失っていた。『放課後』の時間を持て余していたのである。本来なら受験に目を向けるべき時期だったのだろうけれど・・・。そんなとき、生徒会で一緒に役員をしていた友人から「ジュニア・リーダー」にならないか、と誘われたのである。聞くと彼の所属するジュニア・リーダーのサークルで、子供たちに見せるための人形劇をするのだが、スタッフがどうしても足りないと言うのだ。僕はあまり考えることもなく引きうけた。
そして、入会の手続きをするため、町の児童館を訪れたのが、6月の終わり、日が傾き始めたころだった。夕日が児童館の建物をセピア色に染め、初めてそこを訪れた僕はどこか異質な空間に迷いこんような錯覚を覚えた。そこに「千恵」はいた。あきらかに小学生とわかる幼い面持ちにもかかわらず、僕はその少女の美しさに静かな、しかし決して小さくはない心のどよめきを感じたのである。窓辺に座る彼女の短めな髪を、初夏の風がをさらさらと揺らす。大きな瞳。そして長い睫毛・・・。僕はどんな口実をつくりあげたら、その横顔を見つめつづけることが許されるのか、考えずにはいられなかった。
こうして「千恵」は突然、僕の心に飛び込んできた。放課後、千恵の姿を目にする度に、僕は自分がその少女の面影を追い続けていることを自覚せずにはいられなくなっていた。新たな恋に僕はたどり着いたのだ。
そして、僕の「初恋」はなんの答えも出さないまま、終ってしまったのである。
※以降の「千恵」との物語は小説『早春のころ』に綴られて行きます。
第8話より暗黒の「男子高校編」へ突入いたします。
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