Last updated:2018/7/4
『まほろばの項』

過去・現在・未来からこぼれ逝く言葉の雫

 8    ヨゾラノムコウ
 先日、学校行事の野外活動で生徒を引率した際、久しぶりに「トランシーバー」を手にした。先生方がオリエンテーリングなどの生徒の活動の最中、連絡を取り合うために必要だったのだ。と、突然中学時代のある記憶がよみがえってきて、懐かしさのあまり、手に持ったトランシーバーをギュッと握り締めてしまった。
 
 中学の2年生の時、僕はある意味で「流行の発信所」的存在だった。なんでそうなったのか今思い返してもわからない。例えば僕が牛乳配達に精をだして「ラジカセ」を手に入れると、突然学級中がラジカセブームになる。
「やっぱりラジカセはSONYの・・・だよ。」
なんて自慢大会が始まるのだ。
 「トランシーバー」の時もまさにそんな感じだった。僕の兄貴が叔父さんから8チャンネルの最新式トランシーバーを買ってもらったのがその発端。買ってはもらったものの、当時部活の野球に明け暮れていた兄貴はさしてそれに興味は示さず、あたらし物好きの僕がこっそり借りたのだ。
(これはすごいものを手に入れた!)
と僕は思った。二十年も前の事である。携帯電話はもちろん空想の世界で、普通の電話でさえ、子どもの僕たちが自由に使える代物ではなかった。しかし、トランシーバーは違う。0.5ワットの出力を持つそのトランシーバーは、僕の住んでいた田舎町なら、ゆうに1キロ離れている相手とも自由に交信出来るのだ。しかもただで・・・。
 同じ剣道部でもっとも親しかった友人が、偶然にも2チャンネルののトランシーバーを持っているのを知っていた僕は、早速そいつに提案した。
「今晩夜9時。2チャンネルで会おう!」
それから僕ら二人の夜のひそかな交信が始まった。
「CQ,CQ、こちらレッドホーク。ブルーインパルス、どうぞ!」
「OK!こちら、ブルーインパルス。感度レベル8.良好です。どうぞ!」
本名は名乗らない。互いに考えたコードネームでの交信だ。ちょっとスパイ大作戦に影響されていたかも・・・。しかし、会話を重ねる内に、本名はもちろん友人の名前もぽろぽろ飛び出してしまっていたのだから、どうしようもない。
 とまあ、初めは二人でひそかに始まった夜の交信。ところが噂が噂をよんで、一人二人と参加者が増えて行った。いつのまにか、この「夜の交信」の参加者は十名を超える人数にのぼっていた。(決して金持ちのボンボンばかりが集まっていたわけではないのに、彼らはどのようにして高価なトランシーバーを手に入れていたのだろう?)
 とにかく、夜九時になるとそれぞれが奇抜な「コードネーム」でいっせいに
「CQ,CQ・・・」
と始めるのだ。話題は、なんて事は無い、学校の休み時間の延長である。しかし、
「こちらレッドホーク・・・・・です。どうぞ!」なんて言いまわしをすると、普段の会話では味わえない妙な恍惚感を皆が感じていた事は確かなようだった。
 
 しかしそんな中、思いもよらない人物から、僕こと「レッドホーク」は交信を求められた。
コードネーム「ブラックデビル」と名乗ったその人物は、そのころ学校一の不良だったのである。
「ブラックデビルから、レッドホークへ、至急話がしたい。8チャンネルで待つ。どうぞ」
「へっ?」
僕は一瞬戸惑った。当時学級委員を務めていた僕と、先生に反抗してばかりいた彼との間に、どんな会話が成り立つと言うのだろうか?しかも指定されてきたチャンネルが8チャンネル。仲間の持つトランシーバーの多くは2チャンネルまでしかなかったのだから、8チャンネルという周波数帯は、特別なチャンネルだったのである。不特定多数の人物に話を聞かれてしまうトランシーバー交信にとっては、秘密の話が出来る、VIPルームのようなものだった。
 仕方が無い。ちょっと考えた後、僕はチャンネルを8に合わせた。
「こちらレッドホーク。ブラックデビルさん、聞こえますか。どうぞ。」
思わずコードネームに「〜さん」をつけてしまうあたり情けない。だって、学校ではまったく別の人種で、話などした事がなかったのだから・・・。さっそく彼から応答があった。
「こちらブラックデビル。感度良好。聞こえます。」
「・・・・・」
チャンネルは合わせたものの、何をどうはなしたら良いかわからない。戸惑っていると、
「聞こえますか?レッドホーク?」
と、彼からの言葉。慌てて返事をする。
「えっ、ああ、聞こえます。こちらも感度良好。・・・・・で、話って・・・何?」
恐る恐る尋ねる僕の口ぶりがよほど情けなかったのだろう。彼は、笑い出した。
「はっははは・・・。そんなにビビルなって!トランシーバー越しじゃ、いくら俺だって殴れやしないからさ。」
そりゃそうだ・・・。しかし明日学校に行けば確実に会うんだけどなぁ。なんて思っていると、今度は向こうが打って変わったテンションの低さでボソボソと話し始めた。
「いや、実はレッドホーク・・・、ん〜めんどくせぇ。ヒロシに頼みがあんだけど。」
あ〜あ、とうとう俺の本名を電波に乗っけちゃったよ。掟破りなんだけどなぁ。と思ったが、もちろんそんな事は指摘できない。
「な、何?頼みって・・・」
「あのさ・・・、ヒロシと一緒に学級委員やっている・・・その・・・遠藤幸子っているだろう?」
「うん?ああっ。サッチャンか。彼女がどうかしたの?」
「サッチャンて、おめえ、そんなに仲がいいのかよ。」
「な、なんだよ。何怒ってんの。幸子とは家が近所で幼なじみなんだよ。もう十年もサッチャンて呼んでるんだから・・・。」
「だから、仲がいいのか?」
「いいよ。幼なじみなんだから。」
「バカヤロウ!俺がいってんのは、幼なじみとかっつうことじゃなくて・・・。」
ここに至って、僕は彼が何を言いたいのかやっと汲み取る事ができた。
「ああ、そう言う事なら大丈夫。俺もあっちも、そんな気無いから。」
「・・・そんな気って?」
「つまり、単なる幼なじみってことだけ。」
「・・・・・・」
やっと彼は落ち着いてくれたようだ。いつもガクランのボタンを二つもあけて、肩で風切って歩いているヤツがかわいく感じられた。
「・・・もしかして、ブラックエンジェルはその、幸子を・・・?」
「いや、その、ちょっと話がしてみたいんだ。それだけだ。」
「ふ〜ん。」
今度は僕が薄笑いを浮かべた。
「おい、ヒロシ!バカにしてんのか?」
「いや・・・。そんな事なら、協力するよ。」
「・・・協力・・・?」
そして、僕はある提案をしたのだ・・・。
 
 翌日の夕方、僕は近所にある遠藤幸子の家を訪れた。小学校の低学年までは、よく彼女の家や僕の家を互いに行ったり来たりしていたが、実に久しぶりに彼女の家を訪問した事になる。ピンクのトレーナー姿で玄関先に現れた幸子も驚いていた。
「どうしたの?珍しいわね。」
「うん。ちょっと、サッチャンに頼みがあってきたんだ。」
「頼み?なに?怖いわね。」
「なんてことないさ。」
そういうと僕は手に持っていたトランシーバーを彼女に差し出した。幸子は不思議そうな表情を浮かべながら言った。
「・・・何?これ?」
「トランシーバー。」
「それは見ればわかるわよ。これがどうしたの?」
「今夜の9時に、このトランシーバーのスイッチを入れて、8チャンネルに合わせてくれりゃいいんだ。」
「・・・えっ?なんで?」
「いいから、俺を助けると思ってさ。」
そう言うと僕は彼女の手にトランシーバーを無理やり握らせた。あっけに取られている彼女に
「ここがスイッチで、ここがチャンネル。ボリュームはここだから・・・。」
と僕は簡単に操作の説明をした。一通り話すと、幸子がまだ不服そうに尋ねる。
「ねえ、いったいなんなの?!」
「いいから。今晩9時。スイッチを入れてくれれば良いんだよ。頼んだぜ。」
そう言い放つと、僕は玄関の扉を開け外に飛び出した。そして、顔だけ玄関につっこんで、こう言い添えた。
「そうそう、大事な事を言い忘れた。」
「なに?まだあるの?」
僕は笑顔でゆっくり大きな声で言った。
「君のコードネームは、『ハッピーチャイルド』だ。」
「へえ?」
「『ハッピーチャイルド』だよ。かわいいだろ?」
「ばか!」
僕は幸子の聞きなれた声を背中に聞きながら、ドアを閉めると、そのまま走り出した。妙に心がうきうきしている自分と、なんだか寂しいような自分。両方の自分が僕の中にいるようだった。
 
 翌日の夕方、今度は幸子が僕の家にやってきた。
「どうしたんだい。」
と尋ねる僕に、うつむきながら頬を赤らめている幸子が、かすれた声で言った。
「お願いがあるの・・・」
「なに?」
「・・・・・」
「なんだよ。」
「・・・あのトランシーバー、しばらく貸して欲しいの。」
「・・・・・」
「・・・だめ?」
「いや、構わないよ。ちょうど、飽きた頃だったからね。」
「ホントに?」
そう言った幸子の顔がぱあっと輝いた。十年も幼なじみをやっていて、初めてみる顔だった。
 
 幸子が帰った後、ベットに寝転びながら、自分の心の中で、言いようのない寂しさがわだかまっているのを感じていた。
(俺が好きなのは、エクボセイジンなのに・・・。なんだろうな?この感じ・・・)
僕は起きあがると、部屋の窓を開け、夜の空を見上げた。今日も、9時に二人はトランシーバーのスイッチを入れるのだろうか?
そんな事を思いながら、僕は自分に言い聞かせるようにつぶやいてみた。
「まあ、これでしばらくは、いじめられる事はないよな・・・。」
 
 
 
 ああっ!、そう言えば、まだあのトランシーバー返してもらってないや・・・。まあ、二十年も経てば、時効か。仕方ないがない。しかし、一つ屋根の下に住んでいる夫婦が,トランシーバーを使う必要性など無いと思うんだけれど・・・・・。



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