Last updated:2018/7/4
『まほろばの項』

過去・現在・未来からこぼれ逝く言葉の雫

 22    キャンパス・イリュージョン5『15年越しの謎』
 大学を卒業してからもう15年以上が過ぎようとしている。その間、時折思い起こしては暖めている思い出は数多いものだ。僕はこの時期、良い友人たちに恵まれたのだといえるだろう。
 しかし、一つだけそんな記憶の中から取りだしては首を傾げる出来事がある。他人から見ればほんの些細なことで、また、今となっては確かめようもないことなのだけれど・・・。
 
 あれは大学2年の秋だったと思う。英語の講義を受けるため僕はある講義室の「指定席」に座った。もちろん大学の講義の時間の席は自由だったから、「指定席」なんてものはない。しかし、同じ顔合わせで講義を受けていると、その時間の座るべき席は何となく決まってしまうものだ。だから僕にとってはそこは「その時間だけの指定席」だったのである。
 僕は決してまじめで勤勉な学生と言えなかった。ゆえにものの10分とたたないうちに目の前でマイク片手にしゃっべっている講師から目が離れていく。窓の外をボーっと眺めたり、ノートのはじっこに落書きしたり・・・。
 と、そのとき僕は見つけたのだ。机の上に細い油性ペンで書かれたその文字を・・・。それはあきらかに女性の字体と思われるもので、一文字一文字ていねいに書かれているようであった。
 
「 少し、歩かないって うつむきながら  前髪を気にして あなたに言うと
 
すぐに笑いながら 話を変える そうね 私とじゃ さまにならないよね・・・
 
『いくら心開いても  いくら思っても  叶わないこともある  だから・・・
 
黙って  遠くで  見ている  ことにします  フウー 』
 
『きっと恋をして 泣いてしまうのは  これが最後だと  思うから
 
いくら心開いても  いくら思っても  叶わないこともある  だから
 
黙って  遠くで  見ている  ことにします  フウー・・・』  」
 
 歌の歌詞と思われるその詩。綿々と切々とつづられる言葉。おそらく、今このページを読んでいる人も見覚えがないことだろう・・・。決して有名な歌手が歌った曲でも何でもない歌。しかし、僕はこの詩の一字一句をそらんじているほど知っていたのだ。
 実はこの詩は当時『ヤマハポピュラー・ソングコンテスト』で入賞した歌で、無名の歌手が歌うものだった。偶然にもFM放送でそのコンテストの中継を僕は録音していたのである。その後、この歌はレコード化されることもなく埋もれてしまったのだけれど、最後の数行
 
『きっと恋をして 泣いてしまうのは これが最後だと 思うから・・・』
 
そのくだりが妙に耳に残り、僕は何度も何度もテープを回し、歌い覚えた。
 
 (いったい、誰がこの歌詞をこんなところに書き込んだのだろうか・・・)
 
ちょっと考え思いつくことがあった。その歌を録音したテープを一度だけ、貸したことがあったのだ。同じゼミだった 後藤亜由美 。どういう経緯だったかは思い出せないが、ちょっとした会話の中で「ポピュラー・ソングコンテスト」の話題が持ち上がり、彼女が一度聞いてみたいと言ったのだ。そんな会話をした翌日、早速僕はテープを彼女に渡し、数日後、お礼だと言って彼女は缶コーヒー一本とそのテープを僕に返したのだった・・・。
 
(もしかしたら、彼女がこれを・・・?)僕はちょっとそう考えてみた。
後藤亜由美は特段美しいとか、かわいいと言った表現は当てはまらないが、「柔らかく、暖かい」そんな母性のようなものを感じさせる女の子だった。
(彼女がこれを?)
ここが僕の「指定席」であることを同じゼミの彼女なら知ることができたはずだ。だったら、その目的は何だったのだろうか・・・。当時彼女には、高校時代からつきあっているという彼氏がいて、僕も大学祭の時に紹介されていたのだ。
 
しかし時折、同じ講義を受けているときや、学食で友人と過ごしているとき、ふっと視線を感じて振り向くと、そこに彼女がいることがあった。幾度となく・・・。もちろん、僕の願望的思いこみだったかもしれないが・・・。
 いずれにせよ、その机の書き込みが彼女だったのかどうか僕は問うようなことはしなかった。だから、あれから15年を過ぎた今、それは謎のままだ。しかし、こんな謎もあっていい・・・。
 僕は、あの時それを問いたださなかった自分だけはほめてやりたい。ちょっとだけ切ないそんな謎。これからも永遠に解けないであろう僕だけの謎だ・・・・・。



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