翌日から三日間、僕は大学を休んだ。加奈子にあわせる顔がないという至極当然の理由からだった。
一日のほとんどを布団の上に身体を横たえながら、天井を見上げて過ごした。開け放たれている窓から入ってくる風。近くの中学校から聞こえてくる吹奏楽部の管楽器の音・・・。まどろみながら、いろんな事を考え、いろんな感情が胸の中を通り過ぎた。
まだ大学に入る前、恋愛にについて漠然と夢想していた自分。「彼女」を自転車の後ろに乗せて走るとか、海辺で水をかけ合うとか・・・。今にして思えば古くさい青春ドラマのまさに王道。誰かに話したら笑われるだろう。しかし、実際の自分はその夢想した場面まで行き着くプロセスを考えていなかった。あるいは加奈子からの誘いはチャンスだったのかもしれない・・・。そう思い始めている自分がいた。しかし、その一方で、「きっと、うまくいきゃしない。」と思っている自分がいた。
例えば、加奈子と野球に行く約束をしたとする。どこで待ち合わせればいいのかな?着ていくような気の利いた服なんて持ってない。何より加奈子とどんな会話を交わせばいいのか、皆目見当がつかなかった。結局、断って正解だったのかな?まだ、自分にはデートなんて無茶なんだ・・・。でも待てよ?まだって、だったらいつならいいんだよ。中学生だってデーとしているご時世に。
情けない自分を自覚して、僕の思考はさらにマイナス方向に低下していった。
(本当にダメなヤツ・・・)
休みだして三日目、大学に顔を出さない僕を心配した友人から電話があり、次の日から行くことを約束してしまった。いずれにせよ、いつまでも休んでいるわけには行かない。
そして、翌日の大学。バスを降りてキャンパスへの長い坂道をうつむきながらのぼっていると、後ろからポン、と肩をたたかれた。振り向くとそこに佐藤加奈子の姿があった。
「久しぶりだね。しばらく来ないから、心配してたんだよ。」
「あっ、ああ・・・」
小首をちょっと傾げ、微笑む彼女の顔がかわいくて、僕は言葉に詰まった。そんな僕にお構いなしで
「それじゃ、先、行くね。」
彼女はロングスカートの裾を初夏の風に絡ませながら、小走りでかけあがっていった。
「かなわないな・・・。」
僕は苦笑いしながら、頭をかいた。
しかし、あれから二十年たった今、なお思うのだ。「かなわないなぁ」と。すくなくても「男の子を野球に誘う」ということは加奈子にとっても勇気のいったことだと思う。それを逃げるように断られ、そのうえその情けない男は三日も学校を休んだのだ。彼女だって平気だったはずではない。「野球に誘った」ことを後悔したかもしれないし、その相手が僕のような情けない男だったことも悔しかっただろう。
そんな僕に、あの笑顔・・・。かくも女性とは強く優しく、そして不可思議な存在なのだな、と思う。
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