Last updated:2018/7/4
『まほろばの項』

過去・現在・未来からこぼれ逝く言葉の雫

 20    キャンパス・イリュージョン3『甦るときめき2』
 「僕が彼女を好きらしい」という噂は、ゼミの女子の間では周知の事実になってしまっていた。入学してわずか1ヶ月たった頃だったから、我ながら節操が無い。それを僕自身が知ったのは、なんと以下のような思いがけない出来事からだった。
 その日は夏休みを真近に控えた6月の終わりだったと思う。午後の講義がすべて終り、バス停に一人向う僕の背に「ヒロシ!」と呼びとめる声が投げかけられたのだ。振り向くと同じゼミの石野由紀子と、その傍らに、彼女「佐藤加奈子」がたたずんでいた。
「ヒロシ。ちょっと・・・。」
ゼミの女子の間では、リーダー格の由紀子に僕はそのまま誰もいない教室に引っ張りこまれた。
 照明が消されている薄暗い教室に、由紀子と僕と、そして加奈子の3人だけ。僕は何が始まるのか考えを巡らせるのに懸命だった。顔はハズカシさで紅潮し、こわばっていただろう。そんな僕の前に、畏怖堂々と由紀子が立ち、加奈子は目を伏せ両手を後ろにまわして教室の壁に寄りかかっていた。妙な緊張感が教室に張り詰めていたのは言うまでも無い。その空気を破るかのように由紀子が口を開いた。
「ヒロシ。加奈子がヒロシと野球を見に行きたいってさ。」
「へっ?」
僕は、僕の推測の域を越えていたその言葉に頭の中がフリーズ状態になってしまった。彼女が僕なんかと野球?って、いうかそれってデートしようってことか・・・?
まさに鳩が豆鉄砲をくらったような、とはこのことだ。おそらく僕は間抜けな顔をしていたに違いない。そんな僕に、今度は加奈子自身が、小さなしかし凛とした声で言った。
「私、ヤクルトスワローズのファンなんだ。7月1日に、近くの球場で公式戦があるのよ・・・・・。ヒロシは野球に興味が無い?」
「い、いや・・・そんな事はないけど・・・。」
僕は、加奈子自身の言葉にさらに追い詰められて行った。もじもじとはっきりしない僕を見かねた由紀子が割って入った。
「ヒロシ。あんた、加奈子のことが好きなんじゃないの?」
あまりにストレートなその言葉に僕が驚いたのは言うまでも無い。僕は慌てて加奈子の姿に目を移した。彼女は少し顔を紅潮させ、目を伏せた。由紀子の言葉が続く。
「ヒロシがいつも加奈子の事を見ているのは、みんな知ってるのよ。だから、一度デートしてみたら、って私が加奈子に勧めたの。加奈子も野球だったらって言うから・・・」
「ごめん!」
僕は由紀子の話が終らないうちに、語気を強めていった。
「その日は、バイトが入っていて、時間が取れないんだ。」
僕は加奈子の瞳に目を移した。
「せっかくで悪いんだけど・・・。そういうことだから。それじゃ!」
僕はそのまま、机においていたナップザックを引っつかんで教室を飛び出した。急ぎ足で歩きながら、心の中ではいろんな感情が渦巻いていた。学校前のバス停を通り過ぎ徒歩で1時間以上かかる道をひたすら歩いて下宿に帰った。
僕は加奈子を好きだった。しかし、こんな形で交際をはじめるのは、男として恥ずべき事だと思った。だから僕は飛び出したのだ。
 その夜、いついまでももんもんとして眠れずにいる僕がいた。枕もとのラジオからは当時ヒットしていた「夢芝居」という歌が流れていた・・・・・。
『恋のからくり、夢芝居・・・』
僕は
「ふざけやがって!」
勢いよくラジオのコードを引っこ抜いた。
「ふざけやがって・・・」
もう一度今度はつぶやくように口にしながら、僕は布団を頭にかぶり、まんじりともせず朝を待った・・・・・。
 
 



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