Last updated:2018/7/4
『まほろばの項』

過去・現在・未来からこぼれ逝く言葉の雫

 2    ラブ・レター
 小学2年生の冬だったと思う。その事件は突然起きた。
 昼休み、トイレから教室に戻った僕の耳にわっ、という歓声が飛びこんできた。何事ぞと声の方に目を向けると、クラス1のガキ大将が教卓の上に乗っかって、何やら紙切れと花柄の小さな包みを皆に見せびらかしている。
「ひゃっ、ひゃっ、コリャおかしいや・・・。今読んでやるからな。」
下品な笑いを浮かべて大将は、大声を上げる。
僕は近くの友人を突っつく。何がおこっているのか?友人は薄笑いを浮かべながら、僕にささやく。
「ユキオがさ、ラブレターを書いてきたんだ。それを大将が・・・」ここまで聞いて僕は察しがついた。ユキオは「えくぼセイジン」の彼女の家まで、僕と一緒に出かけた仲間の一人だった。そいつがラブレターを書いてきて、「誰か」に渡す直前に、大将に取り上げられたのだ。そして今その内容が、大将の口から明らかにされようとしている。ユキオは大将の子分格の連中に両脇を取り押さえられ、顔を真っ赤にして逃れようとしていた。
 ユキオの友人である僕は、本来だったら大将をいさめなければならなかったのかもしれない。大将に飛び掛って行って、手紙を取り返すべきだったのかも。しかし、僕はそれをしなかった。いや、出来なかったのだ。大将がこわい。そんな気持ちがなかったのかというとうそになるが、そんなことより、ユキオが「誰に」「どんな」ラブレターを書いたのか、知りたかったのだ。
(まさか、あいつ・・・。)
僕の予感が的中したことは、大将の言葉ですぐに証明された。
「○○ちゃんへ。僕は○○ちゃんが大好きです。ツキアッテクダサイ・・・・・。だってさ!ひゃっひゃっ、ひゃっひゃっ・・・」
教室に大将の下品な笑いがこだまするとそれに呼応するかのように、みんなの笑い声がどっと吹き出した。僕は・・・、僕は笑えなかった。大将が口にした女の子の名前が他ならぬ彼女のものだったからだ。そう僕の「えくぼセイジン」。
 僕は笑いに包まれている教室を見まわした。彼女の姿を探したのだ。大将のやったことは、ユキオだけでなく、彼女を傷つけるに違いないと思ったからだ。彼女はいなかった。いたたまれずに、どこかにいったに違いない。僕はユキオよりも彼女が不憫に思われた。何て友達がいのないヤツだ。自分でもそう思いながら・・・。そして何と言うことだろう。僕はユキオに、怒りとも、嫉妬とも分からぬ感情が湧き出してくるのを押さえられなかった。
(ユキオのヤツ、俺に何の相談もなく。)
自分が出来ずにいたことを、未遂とはいえ、彼はやろうとしたのだ。幼いながらそれは「勇気」の要ることだったに違いない。僕の出せなかった勇気・・・。
 その後この「ラブレター事件」がどのような顛末をむかえたかは、思い出せない。しばらくしてから、ユキオがラブレターだけでなく、小さな手帳のようなプレゼントを手渡そうとしていたらしい、という事だけが耳に入ってきた。少なくとも彼の勇気が、その見返りを得ることなく終わったであろうことは、間違いない。
 
 この物語はこれで終わりである。少なくても僕とあの時教室で笑っていたものにとっては・・・。しかし、ユキオにとっては終わっていなかったのだ。
 二十年後、彼の結婚式の披露宴に招かれた僕は、驚きの声を上げた。ユキオの嫁さんの名前が、彼女、つまり僕の「えくぼセイジン」とまったく同じ名前だったからだ。ことわっておくが、彼女の名前はそんじょそこらにある名前ではない。十数年、教員を続けている僕でさえ、同じ名前の女の子に出会ったことがないのだ。
 しかし、偶然であろうが無かろうが、ユキオは・・・、あいつはあいつだけの「えくぼセイジン」を手に入れたことだけは間違いのない事実だ。



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