Last updated:2018/7/4
『まほろばの項』

過去・現在・未来からこぼれ逝く言葉の雫

 3    修学旅行の夜
 小学校の修学旅行。僕たちは福島の会津地方を回った。二十年以上過ぎた今、思い返しても覚えている事は皆無に等しい。白虎隊の話と、お土産にどうしようもない木刀を買った事くらいだ。しかし、その夜の出来事は鮮明に思い出せる。
 消灯時間は10時。だからといってそれをしっかり守ろうと心がけるものは、まずいない。6人部屋だった僕の部屋でも、明かりは消したものの、みなが頭を寄せ合うようにこそこそ話を始めた。話の中身はたあいもない。いつも学校の休み時間で話している事と何ら変わらないものだ。ただ、夜中に秘密めかして話し合っているという状況が僕等をワクワクさせるのだ。どこかで聞いたような幽霊話とか、先生の噂話。あいつがだれそれを好きらしい・・・などなど。話は尽きない。そして、本来であれば一人欠け二人欠け、皆が眠りに落ちてゆくはずだった。そいつの提案がなければ。
「なあ、みんな、好きな女の子の名前を、言い合いっ子しないか?」
ぼそぼそと言ったそいつの言葉に、僕らは一瞬黙りこんだ。
「なんだって?」誰かが怪訝そうに言った。
「だから、ここだけの秘密と言う事にしてさ、好きな女の子の名前を教え合うんだよ。」
こんなシチュエーションでなければ、そいつもそんな事は言わなかったに違いない。僕等もはなから相手にしなかっただろう。ところがこの時、僕らはその提案が正当なものに思えたのだ。
「面白いかも・・・」
「う〜ん。そうだな・・・」
「秘密厳守ってことなら・・・」
「うん、うん」
ということでなんとこのトンでもない提案は、みなに受けいれられる事になったのである。ついにそれまで黙っていた僕も口を開いた。
「それじゃ、誰から話すんだ?」
「・・・・・。」皆、黙ってしまう。僕は続けた。
「これはやっぱり、『提案者』からっていうのが本当じゃないか?」
「そうだ、それがいい!」
「え〜っ、俺からか?」そいつは困ったように布団の上でごろごろ転がると、やがて思いきったように言った。
「わかったよ。でも他のヤツらには絶対秘密だぜ!」
「うん、うん」
みんなは興味深げに顔を寄せ合った。
「・・・いいか?俺が好きなのは・・・」
そいつは声を潜めてある女の子の名前を口にした。そのとたん、僕を含めたみんなは、わっとチリジリになり自分の布団にもぐりこんだ。頭から布団をかぶり寝たふりを決めこんだのだ。あらかじめ示し合わせたわけでもないのに。
「おい!なんだよ!ずるいよ、てめぇら!」
「・・・・・」もうだれも応えはしない。
「そりゃねえだろ。おい、おい!」
そいつは僕の布団をはがそうとしたが、僕は決して布団を離さなかった。しばらくのあいだ、「ひでぇ〜よ、ひでぇ〜よ」と嘆くそいつの声が聞こえていたが、やがてあきらめたように、消えてしまった・・・。
 僕は、彼を騙そうと思っていたわけではなかった。少なくとも、彼の口からその名前が出てくるまでは。なぜなら、彼が口にした女の子の名前がまたしても彼女のものだったからだ。同じ名前を言えるわけがないではないか。
 その夜、僕は布団に頭を突っ込んで、いつまでも眠れなかった。そして思った。もしかしたら、他の皆も僕と同じだったのかもしれないと。今となっては、確かめようもないけれど・・・。



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