小説『ソフテ!!』

 ★二人の少女が出会い、そして青春が加速する!
   9  新人戦開始
 新人戦当日がやってきた。気仙沼市15校の中学校が集まってしのぎを削りあう。大会は市営コート4面を使って、二日間にわたって行われる。初日が個人戦、二日目が団体戦だ。個人戦は各校3ペアまで参加できる。今年は徳倉中が1ペアだけのエントリーなので、総計43ペアがトーナメントの頂上を目指して戦うことになる。そして、ベスト4までが県大会行きの切符を手にできるのだ。
 天気は上々とまではいかない曇り空だが、香織が心配していた風はほとんど吹いていない。ソフトテニスは風に大きく影響を受ける競技なので、今日がデビュー戦で経験の少ない幸子にとってはラッキーだと言っていい。フェンスの外の芝生の上にブルーシートを広げて荷物を置くと、香織と幸子は連れだってアップのためのランニングへ急いだ。藤原はさっきから顧問会議に出かけており、開会式が終わって試合が始まるまでは帰ってこない。いつものことなので香織がリードしながら体を温めておかなければならない。
 4面のコートを囲むフェンスに沿ってゆっくり並んで走る。もう他の学校はとっくに会場入りしていて、カラフルなジャージやユニフォームの選手たちが素振りや乱打をあっちこっちで行っている。その様子を見て幸子が心配そうに話し掛けてきた。
「ねえ。うちだけ、こんなにぎりぎりに来て良かったの?」
香織が苦笑いしながらこたえる。
「藤原先生がね、朝早いのが嫌いなの。直前にじたばたするくらいなら、ゆっくり寝て会場入りした方がいいだろうって。」
「賢ちゃんらしい。」
クスクスと幸子が笑った。いいな。リラックスできてる。香織は幸子の笑顔を見ながら自分も少しだけ気持ちが和らいだ。ランニングと柔軟体操を終え、素振りをしていると、藤原が「ああ、いたいた」と駆け寄ってきた。
「あのな、大事なこと忘れてたよ。」
「はぁ?」
「去年の中総体、うちが団体戦で優勝しているから、優勝カップの返還、香織、お前やってくれ。」香織は突然のことにびっくりする。
「なんで、そんな大切なこといきなり言うんですか!?」
「いや〜すっかり忘れてた。すまんすまん。じゃあ、頼んだぞ!」
有無を言わせず
藤原はきびすを返して本部席へ戻っていった。
「本当にもう!」
ほっぺたを膨らませる香織の側で、また幸子がクスクス笑っていた。
 
 午前九時ちょうどに開会式が始まった。思ってもいなかった優勝杯返還という大役はあったものの、お辞儀をしてどっかの偉そうな校長先生に優勝カップを渡してくればいいだけなので、特に問題はなかった。ただ、
(去年、先輩たちがあんなに頑張って勝ち取った優勝カップを、今年は取り戻すことができないのだ)そう思うと香織の胸は締めつけられるようだった。でも、だからこそ個人戦は勝たなくてはならないという思いは強まった。
「開会式を終了するとともに、競技の開始を宣言いたします。」進行のアナウンスが流れた。
香織は大きく息を吸い込む。(さあ、デビュー戦だ!)
 
 香織たちの試合、第1回戦第1試合は第4コートですぐに始まった。コートに備え付けられているベンチに腰を降ろしたまま、藤原はそれぞれに向かって一言だけ言った。
「香織、あきらめるな。幸子、手出して行け。」
(それだけですか?)と香織たちが目を丸くすると、藤原が「返事は?!」と一喝したので、
「はい!」と声を上げてコートに飛び出して行くしかなかった。
 
 デビュー戦の相手は南条中学校、小野寺・白幡組。どんな相手かは全然データがない。このペアに限らず他校との練習試合がまったくできなかったので、一切データなどないのだ。相手がどこだろうと関係ない。まさに「やるしかない」。
 トスの結果、香織たちはレシーバーとして第1ゲームを戦うことになった。7ゲームマッチなので、4ゲームを先取したペアが勝つ。ちなみに1ゲームを取るには4ポイントを先取しなければならない。
 二人で手を繋ぎ合わせると、香織が「勝とうね」と囁き、幸子はコクンとうなずいた。そして
「ファイト!」
と声を上げると、それぞれのポジションに走った。個人戦は負けたらそこで終わりのトーナメント戦だ。香織は昨年も新人戦では団体戦・個人戦の両方に出場している。しかし1年生だった香織がプレッシャーを感じる前に試合が決していることが多く、香織は消化試合を楽しむような場面が多かった。もちろん、それでも多少の緊張感はあったはずだが、今年のそれとは明らかに違う。心臓の音がまるで耳元で鳴っているかのようにどくんどくんと聞こえる。動き始めれば、さらに呼吸の音がミックスされるはずだ。ふっと前を見ると身長の高い幸子が腰を低くして構えているのが見える。ラケットを顔の前に掲げ、「さあ、来い!」と叫んでいる。
(藤原先生に教えられたとおりだ。)幸子の素直さは世界一かもしれないと思うと、笑みがこぼれそうだった。と、相手がサーブのモーションに入ったのに気付き、気を引き締め直す。オーバーハンドからの緩いサーブが入ってきた。(いける!)香織は高く弾んだボールの横っ面を叩くように、サーバーの足下へボールを打ち込む。強烈なレシーブエース!相手は逃げるだけで精一杯だった。
「0−1」
審判のコールが小気味よく響く。まずは一球エースを取った。
(よし!今日はこの調子で行けそうだ!)香織は小さくガッツポーズをとった。
(そうだ。次のレシーブ・・・)レシーブは,後衛と前衛が交互に行う事になっている。幸子がベースラインの後ろまで下がってきた。その厳しい表情に,香織は掛けようとした声を飲み込んだ。
前衛と後衛ではレシーブのあとの動きが違う。後衛はレシーブの後、相手のリターンに備えてベースラインまで下がる。前衛は逆にレシーブの後、ネットについて相手のリターンのコースをせばめなければならない。いわゆるレシーブ&ダッシュだ。レシーブにのみ集中すればダッシュが鈍る。ダッシュすることに気をとられていれば、当然レシーブをミスする。初めての公式試合で幸子がどれほどのプレッシャーを感じているか容易に想像できた。しかし幸子はそれをやり遂げるしかないし、香織は信じるしかない。
「さあ!来い!」
幸子がサービスラインの後方で構え、相手のサーブに挑むように声を上げる。香織も呼応するように声を上げ、幸子にエールを送る。このレシーブがこの試合の勝敗を左右する。きっと。
 「はい!」
相手のオーバーハンドからのサーブが打ち込まれた。サーブはコントロール重視でスピードはない。幸子が右腕をゆったりとテイクバックする。その姿は白鳥が片羽根を広げたような美しいフォームだと香織は思った。その刹那
「パシュッ!」という音がはじけて、ボールが打ち返された。ボールはネットを頂点とした曲線を鋭く描き、コートを真っ二つに切り裂いて、大きく跳ね上がった。相手チームの二人は、凍り付いたように動き出すこともできなかった。幸子の繰り出した高速ドライブレシーブが決まった瞬間だった。
「0−2!」
審判のコールに思わず「ナイスレシーブ!」と香織が声を上げると、ネットに詰めていた幸子が振り返り上気した顔でにこっと微笑んだ。
 
 第一回戦は香織と幸子のレシーブエースに相手チームが飲まれ、徳倉中学校が一気に流れを引き寄せた形となった。1ゲーム目を0−4で徳倉中が取り、チェンジサイズとなってサーブとコートが変わってもその流れは変わらなかった。普段、半分も入らない香織のファーストサーブがオンザラインで決まり、幸子は秘密兵器のフラットサーブとドライブサーブで相手を惑わせた。
 気がつけば、ゲームカウント4−0の圧勝で徳倉中学校が初戦を飾っていた。
「やったー!」
抱き合って(というか香織が一方的に幸子に抱きついて)喜びながらベンチに戻った二人に、藤原は
「静かにしろ。少しは相手のことも考えろ。」と香織をたしなめた後、「しかし、良くやったな」とつぶやくように声を掛け、そそくさとコートを出ていった。香織と幸子は二人で目を丸くして顔を見合わせると、思わず吹き出してしまった。「良くやったな・・・だって!」香織が、藤原のまねをしていると、「おい!」と藤原の今度は怒気を含んだ声が飛んできて、二人は慌てて荷物をベンチの上から拾い上げると、藤原のもとへかけだした。
 
更新日時:
2011/08/28

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Last updated:2017/4/4