小説『ソフテ!!』

 ★二人の少女が出会い、そして青春が加速する!
   8  練習試合
 新人戦を三日後に控え、香織と幸子のペアは初めての練習試合を向かえようとしていた。相手は夏の大会で引退した先輩5人である。県大会で天命ヶ丘中に惨敗したとはいえ、春の地区大会では個人戦を総なめにした先輩たちだ。相手にとって不足はない。むしろ余ってしまうくらいだ。特に、キャプテンの高橋亜由美(前衛)と後藤リサ(後衛)は地区大会で昨年の新人戦、今年の中総体と2連覇を果たしているペアである。コンビネーションの練習が数日しかできなかった自分たちには荷が重すぎる試合だと香織は思った。
「やっと先生から呼んでもらえたから、うれしくって。実はこの間の土日に市営コートで練習をしてきたのよ。」そう言って亜由美たちは久しぶりのコートで、それぞれかつてのパートナーを相手に乱打を始めた。懐かしい光景を横目に香織と幸子は、藤原からフォーメーションについての指示を受けていた。指示は単純きわまりない。あとはそれをどこまで二人が実行できるかにかかっている。
「ようし!それじゃ始めるぞ!準備してコートに入れ!3年生は亜由美とリサからだ。」
藤原の声を合図に、香織と幸子は羽織っていたジャージを脱ぎ捨てた。その瞬間、3年生5人から「あ〜っ!」と声が上がった。
「天命ヶ丘レッドだ!」「そうだよね。」「ひぇ〜。」
真新しいユニフォームを見た3年生が歓声を上げたのだった。顔を赤らめながらも、かまわず香織と幸子はコートに入る。相手コートに入ってきた亜由美とリサがそれぞれネット越しに声を掛けてきた。
「あなたが白鳥さん?香織のパートナーになってくれてありがとう。」
にこやかに亜由美が幸子に握手の手を差し出す。
「こちらこそ。よろしくお願いします。」
幸子はそっと手を握り返しながら、緊張した面持ちでこたえた。
一方のリサは茶目っ気たっぷりに香織をからかう。
「香織。そのユニフォーム着たからには覚悟ができているんでしょうね?」
想定内の問いかけに香織は胸を張って答える。
「もちろんです。必ず、県大会まで昇ってリベンジしてきますから。」
「言ったなあ。こいつ!」
握手の後、ちょこんとリサが香織の額をこづいた。
その様子を見ていた藤原が、審判台に上がりながらリサをたしなめた。
「こら!リサ!いい加減にしておけよ。さあ、トスだ。」
香織と亜由美がネットをはさんでジャンケンをする。負けた亜由美がラケットの先を地面につけると、香織の「表をお願いします」の言葉を合図にラケットを回転させた。ラケットはカランと音を立てて倒れる。ラケットの表裏を言い当てた方が、先にサーブ権を取るかどうかを選ぶことができる決まりだ。野球の先攻、後攻をソフトテニスではジャンケンとラケットの表裏で決めるのだ。ちょっとややこしい。
 ラケットは見事に表を示し、香織たちはサーブ権を得ることにした。藤原の声が試合開始を告げる。
「サーバー 千葉・白鳥、レシーバー 後藤・高橋、7ゲームマッチ!プレイ!」
香織は幸子に近づくと笑顔で右手を差し出した。幸子も緊張でこわばっていた表情を少しだけ緩めて香織を迎える。二人は手をつなぐと気勢を上げた。
「ファイト!」
香織と幸子のペアにとって、初めての試合が始まった。
 
 香織たちは続けざまに3試合をこなし、すべてが終わったときには6時を過ぎていた。結果的には3戦全敗。一試合も勝つことができなかった。しかし香織は十分満足していた。藤原も同じ思いであることはその表情から明らかだった。負けはしたものの試合内容が良かったのだ。最初の試合は1−4。1ゲームしか取れなかった。さすがにディフェンディングチャンピオンの壁は厚かった。しかし、この1ゲームが香織たちの自信になった。二試合目が2−4。そして最後の三試合目は先行されていたゲームカウントを3−3まで追い上げ、ファイナルゲームまで持ち込んだ。が、そこまでが精一杯だった。疲れがピークに達した香織の足がもつれ始めたのを見て、藤原が試合を打ち切ったのだった。香織も今は無理をすべき時でないことを承知していたので、棄権負けを承諾した。十分に手応えをつかんだという実感があった。
 一方で、幸子はうなだれて両手のこぶしを握りしめ、目には涙を浮かべていた。自分がふがいないばかりに香織に負担をかけてしまった。そう思い込んでいた。
 試合後、「ありがとうございました!」と礼を告げる香織と幸子に、3年生は口々に励ましの言葉をかけて去って行った。キャプテンの亜由美が最後に幸子に笑顔を向けた。
「一ヶ月でよくぞここまで頑張ってくれたわ。後ろにいる香織を信じて頑張って」
亜由美の言葉は、落ち込んでいた幸子の気持ちをほんの少し救ってくれた。
「先輩、ありがとうございました!」
もう一度礼をする幸子に
「絶対県大会行ってよ!信じてるから!」
そう言い残すと亜由美はきびすを返し、仲間のもとへ走り去って行った。
 先輩を見送った二人を藤原が呼び寄せ、青いベンチの前に座らせると、おもむろに口を開いた。
「今日は疲れただろう。初めての試合にしちゃ上出来だ。」
二人がうなずくのを見て、藤原は続けた。
「幸子。お前は十分やっているが、まだ怖がっていて手が出ていない。ちょっと立ってみろ。」
いぶかしげに幸子が立ち上がると藤原は言った。
「幸子の身長が1m70、右手を上に上げてみろ。」
「はい」幸子が右手を上げる。
「幸子の指先は2mを超える。今度はラケットを持って上げろ。そう。それで2m50は超える。」その言葉に幸子と香織は思わず高々と掲げられたラケットの先を見上げた。
「いいか。お前のその高さは武器だ。今日の試合で、お前の頭の上を通過したボールの半分は、お前がラケットを差し出しただけで触れたはずだ。」
幸子は黙ってうなずく。
「ミスでいいんだ。最初に、『この高さのボールは私が打ち落とす』。そう宣言しろ。そうすれば、相手の後衛は中途半端なロブを上げられなくなる。それは相手にとってものすごいプレッシャーだ。」「はい!」幸子の目に再び生気が満ちてゆく。香織も黙ってうなずく。幸子の高さを知らしめれば、おのずとボールは幸子のいない右サイドに集まり、香織の得意なフォアハンドを生かせる。仮にバックにボールが来たとしても、緩くて高いロブになる。そうすれば、香織は余裕を持って追いつけるのだ。
「それが分かっただけでも、今日の試合の意味は大きい。あと3日。やれることは全部やろう。いいな。」
「はい!」
そこで藤原は香織を見やって言った。
「香織。疲れたか?」
正直に香織は答えた。
「はい。」
「今日はよく走った。風呂上がりに十分マッサージをしておけよ。」
そう言い置いて藤原は立ち去った。
 香織が帰り支度をしていると幸子が寄ってきた。
「千葉さん。ちょっと、ここに横になって。」
そう言って、ベンチの上を指差す。
「えっ?」
「いいから、横になって。」
戸惑いながら香織がベンチにあお向けに寝ると、幸子は大きなタオルを広げ、香織の両足を覆った。そして、両手で右足の太ももから揉みほぐし始めた。思わぬことに香織が驚いていると、手を動かしながら幸子が言った。
「私ね。スポ少にいたときから、お母さんによくこうやってマッサージしてもらってたんだ。だからね、見よう見まねだけど。」
「ありがとう」
香織は力を抜いて、体を幸子にあずける。見上げる空は雲一つなく夕闇が迫っている。
「ごめんね。私がもっと、動いていればこんなに疲れなかったのに。」
幸子の細い声に、香織は大きくかぶりを振った。
「そんな!白鳥さん、頑張ってたと思うよ。さっき、先輩たちも『本当に初心者なの?マジで?』って驚いてたもん。」
「うん。」
「それに今日は秘密兵器のフラットサーブ、封印してたじゃん。」
「先生がね。今日は勉強だから使うなって。」
「あのサーブ見たら、先輩たちもっとびっくりしたと思うんだ。」
そうかしら、と幸子が薄く笑いながら言った。絶対だよ、と香織が請け負う。そして、香織は空を見上げながら真剣な語調で幸子に言った。
「白鳥さん、新人戦勝とうね。勝って一緒に県大会に行こう。」
「うん。」
空にはうっすらと星の瞬きが見えはじめていた。
 
更新日時:
2011/08/28

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Last updated:2017/4/4