小説『ソフテ!!』

 ★二人の少女が出会い、そして青春が加速する!
   10  県大会を目指して
 次の試合までは少し時間があったので、朝、荷物を置いたブルーシートに腰を降ろし、ペットボトルのドリンクをのどに流し込んでいると、藤原がおもむろに口を開いた。
「そのまま話を聞け。今の試合は、まあ、二人とも良くやった。」二人はまた顔を見合わせて小さく笑う。
「しかし分かっていると思うが、今の試合は相手が自滅してくれた試合だ。大事に行こうと思って打ったサーブをいきなり叩かれてびっくりした、ってところだろう。実力でうちが勝ったとは言えない。」
香織も幸子も真剣な面持ちでうなずく。ソフトテニスに限らず、すべてのスポーツはメンタル面が勝敗に及ぼす影響は大きい。香織は短い競技経験の中でそれを感じる場面が幾度かあった。
「実は、お前たちの次の相手の試合を少しだけ見ることができた。まあ、あっちの監督もこっちを見てたようだからお互い様だがな。」
香織がおそるおそる聞いた。、
「つ、強いんですか?」
藤原は腕を組んで少し首をかしげた。
「う〜ん。まあ、そこそこか。去年の徳倉中よりは下だ。」、
「先輩たちと比べたんじゃ、わかんないじゃないですか!?」
「まあ、あえて特徴を言うなら・・・後衛が強い。」
「後衛?」
「そう。香織は県大会で十分感じてきていると思うが、気仙沼市の後衛はロブでつなぐことが主体の後衛が多い。まあ、羽根突きだな。しかし、県大会では?」
「フラット・・・」香織がぼそりと後を続けた。
「そうだ。フラットショットでの強打のラリーが続く。そこが気仙沼市と県のレベルの違いの一つだ。」
「じゃあ、今度の相手の後衛はフラットショットができるんですか?」
「まあ、だから、そこそこな。香織がいつもどうりやってれば心配ないだろ。それよりも、幸子。」
「は、はい」聞き役に徹していた幸子が突然振られて、びっくりして答えた。
「次、アタック来るぞ!」
藤原の意地の悪そうな笑顔を幸子は真っ直ぐ見つめ、
「はい!」
と覚悟を決めたように応えた。
 
 第2回戦の相手は折原中学校のペアだった。なるほど、と香織は思った。春の中総体の地区予選準決勝の相手がこの折原中だったのである。あのときは、危なげなく徳倉中がストレート勝ちを飾ったが、そう言えば、折原中のメンバーは当時2年生が主体だった。2回戦の相手のペアにも見覚えがある。確かに、他のチームに比べて試合経験が多い分だけ、油断ならない。特に後衛はがっちりした筋肉質の体をしており、いかにもパワーテニス向きのように見える。
 トスをしてもし勝ったら、サーブ権を取るように藤原に指示されていたが、果たしてそうなった。そして、もう一つ藤原が香織に指示したのが、
「この試合、サーブは最初からアンダーハンドサーブで入れていけ」というものだった。今日の香織はオーバーハンドサーブがビシビシ決まっていて、自信を持ちかけていただけに不可解だったが、何か藤原に考えがあることは推察できたので、黙ってコクンとうなずいた。
 
「サーバー 徳倉中 千葉・白鳥、レシーバー 折原中 佐々木・上田、7ゲームマッチ プレイ!」
審判のコールで試合が始まり、コートの空気は一気に張り詰めていく。
「さあ!来い!」ネットに詰めて気勢を上げる幸子の後ろ姿を見て深呼吸すると、香織はゆっくりアンダーハンドサーブの構えに入る。強いサーブはいらない。確実に入れる。
「はい!」
コンパクトに振り抜いた打球は見事な順回転を与えられて、きれいな弧を描きながらサービスエリアにバウンドする。相手の後衛は
「オラ!」
その力でねじ伏せるかのように、ラケットでボールを叩きつけた。勢いよく飛び出したボールは、ネット際で構える幸子に真っ直ぐ向かってきた。幸子は体をすっと横にかわしてボールをよける。ボールは目標を見失ったかのように、ベースラインを大きく超えてフェンスにぶつかり、ガチャンと大きな音を立てた。
「アウト! 1−0」
審判のコールに、ミスしたはずの相手の後衛は不敵な笑みさえ浮かべた。
(やっぱり・・・!)
相手は、端から幸子にボールをぶつけようとしているのだ。幸子が初心者だということを知ってのことか。だとしたら(許せない!・・・いや、なめるなよ!!)と香織は思った。ここにいたって香織は、藤原が自分にあえて相手が打ちやすいアンダーハンドからサーブするように指示した意味が分かった。(ようし。それなら、いくらでも打ってもらいましょう。)代わってレシーブ体勢にはいっている相手の前衛に向かって、どうぞ、と言わんばかりのアンダーハンドサーブを送ってやる。手頃の高さにバウンドしたボールに敵は食いついた。
「オラ!」
先ほどの後衛ほどではなかったがフラットに叩きつけられたボールは勢いよく幸子の眼前に向かって行った。
「はい!」
幸子は目の前に掲げたラケットで正確にボールを捕らえると、鋭角にボールをコートに落とした。
「2−0」
審判のコールを待って香織は叫んだ。
「ナイスキャッチ!」
幸子があの程度のアタックを恐れるはずがない。成人男子である藤原が本気で打ち込むボールと、毎日向き合ってきたのだから。もっとも幸子に言わせれば、ラケットを目の前にさえ持っていれば、ラケットが絶対守ってくれるからボールは怖くないという。バレーボールのアタッカーとしてならしてきた感覚がそう言わせるのか。
 とにかく、幸子が初心者という情報を鵜呑みにした折原中の思惑は、簡単に崩れ去った。また、相手の後衛のレシーブは確かに力強かったが、なんでもフラットで振り回すのでミスも多く、香織とラリーをつなげるほどではなかった。二人は結果的に、また4−0で勝利をもぎ取ったのだった。
 
「やったね!折原中の子たち、ボレーをきれいに決められて驚いてた。気持ち良かった!」
はしゃいですがりつく香織の扱いに少し困惑しながらも、幸子は喜びで顔を朱に染めていた。自分がラケットでボレーを決めた手応えが、今になってはっきりとよみがえったきた。パートナーとして香織の力になれていることを、今、本当に実感できたのだ。
 ベンチに戻ると、藤原が幸子に声を掛けた。
「幸子、よく練習通りの力が出せたな。ナイスボレーだった。」
すると香織が横から食いついてきた。
「先生、私は?私は?」
「はい、はい。香織も立派でした。まったく、子どもか?お前は。」
「14歳です。バリバリの子どもですよ〜だ。」
二人のやりとりに、幸子はうれしそうに笑った。
 
更新日時:
2011/08/28

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Last updated:2017/4/4