小説『ソフテ!!』

 ★二人の少女が出会い、そして青春が加速する!
   11  天命が丘中との再会  
 香織と幸子の二人はその後も順調に勝ち上がり、いよいよ準々決勝へと駒を進めた。この試合に勝てばベスト4に進出し、県大会行きの切符を手に入れることができる。いわば二人にとって目標としていた試合だ。ブルーシートの上で軽めの昼食をとりながら午後からの試合に備えて二人が体を休めていると、本部席に行っていた藤原が腕組みをしながら戻ってきた。なにやら難しい顔をしている。
「先生?」香織が思わず、心配そうに声をかける。
「いや・・・。まあ、黙ってても仕方ないか。」藤原は二人の前にしゃがみこんで、重い口を開いた。
「どうやら、転校生が来たのはうちだけではなかったらしい。」
「えっ?」香織たち二人は思わず顔を見合わせる。
「次の準々決勝の相手が瀬川中のペアだということはわかっているな。で、その後衛の子のストロークがどうも気仙沼レベルじゃないなぁと朝から思っていたんだが、どうも、この夏に天命が丘中から転校してきたらしい。」
一瞬の稲妻が香織の中を走り抜けた。
「天命が丘中!?」
「ああ、今、下の駐車場でパートナーの子と乱打しているが、あのラケット使いは間違いないだろうな。おそらく、転校していなければ天命が丘中でレギュラーの一角をになっていたんじゃないか?」その言葉は香織を、真夏の暑いテニスコートの、あの記憶へと連れて行ってしまう。
追いかけても、追いかけても打ち返せないボール。やっと追いついたと思ったときには、前衛の厚い壁がそびえ立っている。そして、ゲームセット!のコール。大好きな先輩たちとの最後の試合を惨めな想いで終えてしまったという無念・・・。ああ、あんな想いは二度としたくない。そう思ったのに・・・。
「千葉さん?」
「・・・えっ?」
幸子の声が香織を引き戻した。一瞬、二人は見つめ合う。幸子は、だいじょうぶ?などと香織を心配する声を掛けるわけではない。また、香織に微笑みかけるわけでもなかった。むしろその表情は厳しく、真っ直ぐに香織の心の中を見透かしているようだ。
と、藤原が立ち上がりながらつぶやくように言った。
「まあ、ここまでが運が良すぎたと言うことだろう。」
二人はまぶしげに藤原を見上げる。
「こんなドラマでもなけりゃ、簡単すぎて、県大会行きの切符のありがたみがねえだろ?幸子に、ソフトテニスの本当の厳しさと面白さを体験してもらう良いチャンスだ。違うか?香織?」
不適に笑う藤原の言葉の意味を噛みしめて
「はい!」
と香織はこたえて立ち上がった。
午後になると日射しは急に厳しくなってきた。順々決勝の会場の一つである第2コートは、既に試合を終えた選手たちが取り囲み、ちょっとした賑わいを見せていた。まぎれもなく天命が丘中からの転校生目当てのギャラリーだった。5年連続県大会優勝、そして全国大会出場を果たしているチームの一員だった少女の活躍を見ようとみなが集まってきている。
「やれやれ、たいした観客だ。県大会並みだな。」
第2コートに向かうフェンスをくぐりながら、藤原がボヤいた。香織にとってもこれは迷惑な状況に他ならなかった。ただでさえ県大会行きがかかっている大事な試合なのに、この人の多さは無駄にプレッシャーを感じさせる。不安気に隣を見ると、涼やかな表情の幸子が肩の柔軟運動を繰り返している。
(これじゃあ、どっちが初心者かわかんないや。)
しかし、バレーボールの強豪チームにいた幸子にとって、この程度のギャラリーは当たり前なのかもしれなかった。
と、会場が一気に静まりかえった。瀬川中学校のペアが登場したのだ。一人はヒョロリとした身体に青いユニフォーム。もう一人が小柄な身体に真っ赤なユニフォームをまとっていた。あれこそは天命が丘レッド…。香織は急に自分たちが今身にまとっているものを、何かで覆い隠したくなった。恥ずかしさで耳まで熱くなってきたのが分かった。すると、香織の左手をキュッと握り締めるものがいた。幸子だった。香織が驚ろいて振り返ると、幸子はその口もとに穏やかな笑みを浮かべ、つぶやくように言った。
「大丈夫。私たちはニセモノなんかじゃない。この試合に勝ってそれを証明するの。」
香織はしばらくあっけにとられて幸子と見つめあい、そして大きく頷いた。
その時、主審が選手を呼ぶコールが聞こえた。
 
更新日時:
2011/08/28

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Last updated:2017/4/4