小説『ソフテ!!』

 ★二人の少女が出会い、そして青春が加速する!
   4  パートナー
 翌朝の7時。ジャージ姿の香織はいつものように朝食のパンにかじりついていた。学校へ行く準備はできているから、このパンを飲み込んで自転車を飛ばせば、テニスコートに7時半にはたどり着ける。
「本当に良かったわねえ。パートナーが入ってくれて。」
入れ立てのココアを香織の前に置きながら、母親の真由美がのんびりした声で言った。
「ありがと」
香織はココアで熱くなっているマグカップをそっと口に運ぶ。甘い香りが体中に広がっていき、全ての細胞を目覚めさせていくようだ。真由美はコーヒーカップを手に、香織の向かいの席に腰を降ろす。
「でもその子、テニスの経験がゼロなんでしょ?大丈夫なの?」
ココアでパンを胃袋に流し込んだ香織は、空になった皿やマグカップをシンクへと運びながら、笑顔で答えた。
「今度の新人戦は、勝ち負けなんてどうだっていいんだ。さすがの顧問も、絶対県大会行くぞ、なんて言わないだろうし。」
香織は教科書やら何やらで、やたら重くなっている学校指定の鞄を背負って、朝練後に身につける制服が入ったバックとラケットを手に持つと、玄関へパタパタと走る。
「じゃあ、お母さん、行ってくるね。」
「今度、その子をおうちに連れておいで。」
背中に聞こえてきた真由美の声に「はぁ〜い」と答えながら、香織は玄関を飛び出した。自転車のかごにバックを乗せると一気に学校へ向かってこぎ出す。天気は上々、風が気持ちいい。とにかく、新人戦のコートにプレイヤーとして立てるのだ。それだけで香織はわくわくしていた。
 
 校門をくぐったとき、校舎の大時計は7時27分を指していた。ほぼ予定通りだ。香織は自転車置き場に愛車を滑り込ませると、ラケットケースを引っつかんで、コートへと走り出した。プールの脇を抜けると右手にたった一面だけのテニスコートがある。と、コートに近づくにつれ、小さいが確かにテニスボールをラケットで打つ音が聞こえてきた。香織は思わず足を止めた。
(誰?先輩が引退してからは、朝練に来る人なんて誰もいないはずなのに・・・)
恐る恐るコートに近づくと、青いジャージ姿の女の子が、体育館の壁と向きあっている姿が見えた。白鳥幸子だった。幸子は香織が背後に近づいているのにも気づかず、香織たちテニス部員が壁打ちとよんでいる基礎練習をしているのだった。
 壁から1mほど距離をとり、腰を低くしてラケットを構える。ボールを地面に落とさずに、ラケットを小さく振りながら、壁の一点に向けてボールを打ち続けるのだ。
香織もソフトテニスを始めたばかりの時、散々やった練習だ。決して簡単な練習ではない。ボールを確実にコントロールするためには、広いラケットの面のある一点でボールを捕らえなければならない。しかも思いっきりボールを打てない地味な練習なので、イライラして来ることもしばしばだった。しかし、この練習がラケットの微妙なコントロールを身に付ける基礎となるだけではなく、足腰の鍛錬にもつながっていくことを、今の香織は身をもって知っている。
 幸子はどれほどの時間、これを続けているのだろう。ショートカットされた髪の隙間から見える首筋には汗がにじんでいた。ボールを地面に落とさないために、必死になって身体を上下左右に動かし続けていたに違いない。初心者ならば仕方がないことだ。上達してくれば、ほとんど肘と手首の動きだけでボールがコントロールできるようになる。
 香織が幸子に近づいて声をかけようとした瞬間、背後から肩に手をかけられた。驚いて振り返ると、そこには顧問の藤原が立っていた。香織が驚きのあまり固まっていると、藤原は小さな声で「ついてこい」と言って歩き出した。香織は幸子が黙々と壁打ちをしている様を、もう一度振り返ると、藤原の背中を小走りで追いかけた。どこまで行くのかと思っていたら、何のことはない、目と鼻の先にある例の青いベンチだった。
藤原はどっかと腰を降ろすと、香織に向かって言った。
「あいつのことは、ほっとけ。」
「えっ?ちょっとあいさつしようと思っただけですよ。」
「今あいさつしても、おそらくあいつは応えない。お前が気分を悪くするだけだ。」
「どうしてですか?・・・もしかして、白鳥さん、耳が聞こえないとか?」
それを聞いて、あきれたように藤原は大きくため息をついた。
「そんなんじゃない。今あいつは『集中』しているんだ。」
「へっ?シュウチュウ?」
「集中力の集中だ。夢中になっていて、まわりの音が聞こえていない。」
香織が首をかしげると、藤原はさらに続けた。
「現にお前がどたばた走ってきたのに、俺はすぐ気がついたが、幸子は、いや」
そこまで言って藤原は言葉を詰まらせ、香織から視線を外して言い直した。
「・・・白鳥は気がつかなかった。」
「はあ。」
藤原が言わんとしていることは、なんとなく分かった。要するに白鳥幸子はたぐいまれな集中力の持ち主だというのだろう。一流のアスリートの似たような逸話をどこかで聞いたことがある。しかし、そんなことより、藤原が「幸子」と言いかけ、それを言い直したことの方が香織には不可思議に思えた。それはそのまま、昨日、白鳥幸子が藤原に対して見せた笑顔への疑念へと結びついていく。
そんな香織の気持ちを見透かしたように、藤原は立ち上がった。
「だから、お前は自分がやるべきことをやれ。サーブ練習に来たんだろう。」
「・・・はい。」
「アップを十分にやって身体を温めてからボールを打つんだぞ。今ケガなんかしたんじゃ、どうしようもないからな。」
それだけ言うと、藤原は校舎の方へ向かって歩き出した。
何か釈然としない。香織の中に、今まで感じたことのないわだかまりが広がっていった。小さくなっていく藤原の背中を見つめながら、そのわだかまりの正体について考えたが、藤原の姿が校舎の中に消えて見えなくなっても、答えは出てきそうになかった。と、その時、香織の足下にポンポンとテニスボールが転がってきた。ボールを追ってきた幸子が、香織にぶつかりそうになり、そこではじめて幸子は香織の存在に気がついたようだった。
「あ、千葉さん。おはよう。」
息を弾ませながら、驚きと恥じらいの混じった声で幸子が言い、香織は戸惑いながら「おはよう」と応えた。今日から二人で仲良く明るく頑張ろうね、などと声をかけるつもりでいた香織だったが、思うように口を開くことができなかった。先ほどの藤原とのやりとりが頭をかすめていた。幸子はそんな香織を首をかしげてしばらく見つめていたが、やがて「じゃあ」と言ってボールを拾い上げると、壁打ちを再開するために走っていってしまった。
 いったい自分はどうしてしまったのだろうか?ついさっきまで、あんなに張り切っていたのに。香織はコントロールのきかない自分の心にうんざりしながら、のろのろとアップを始めた。
 
 
 朝の教室では、幸子がソフトテニス部に入部したことが、大きなニュースになっていた。
「なんで、よりにもよってテニス部なんかに?」というのがクラスのおおかたの意見だったのは言うまでもない。特に、身長の高い幸子の獲得を狙っていた女子バスケ部の反応は際立っていて、数人で幸子の席を取り囲み、思い直すように迫った。しかし、困ったような表情を浮かべてみせるだけで、幸子はそれらの訴えを聞き流しているようだった。香織は女子バスケ部の無礼とも言えるやり方に、抗議をするわけでもなく、黙ってその様子を眺めていた。クラスのみんなや女子バスケ部の少々ヒステリックともいえる反応は、香織の想定の範囲内だったからだ。パートナーの入部をあれほど熱望していた香織にさえ、幸子が廃部寸前のテニス部を選んだ理由は皆目見当がつかないのだから。いや、漠然とした推測をする材料はあった。それは、幸子と藤原の関係だ。二人が以前からの知り合いであることは間違いない。藤原が顧問をしているから、幸子はテニス部を選んだのではないか。だとしたら二人の関係は、どのようなものなのだろう。時折振り返っては、後ろの席に座る幸子の顔を盗み見ながら、香織はそんなことを考えていた。当然、答えなど見つかるはずもない。ましてや、二人の関係がどのようなものでも、例えば恋人同士であったとしても、自分にとっては藤原は顧問であり、幸子はパートナーであることに変わりはなく、それ以上でもそれ以下でもない。なぜ自分が二人のことでこんなに心を捕らわれてしまっているのか。香織は自分の心を持て余していた。
 そして昼休み、香織はいつになくぼんやりと教室の窓から校庭を見下ろしていた。その姿を目にとらえたとき、香織は思わず「あっ」と声を上げていた。ラケットを抱えた幸子が校庭を突っ切って、テニスコートに向かっているのだ。その背中は一分一秒でも早くテニスコートへ行くんだ、と言っているように思えた。香織の胸に熱いものがこみ上げてきた。そして、次の瞬間には椅子から立ち上がり、ロッカーからラケットを取り出して、教室を飛び出していた。
(私はバカだ。バカだ。バカだ。)心の中で何度も繰り返した。ほんの一時とはいえ、得たいのしれない感情に捕らわれ、自分を見失っていた。今、やるべきことを見失っていた。答えはいつも自分とともにあったはずなのに。
 香織は息を切らして、テニスコートへと走った。視線の先には一心に壁打ちを続ける幸子の姿があった。その背後で足を止めると、息が整うのも待たずに香織は叫んだ。
「白鳥さん!」
幸子がびっくりしたようにラケットを止めると、ゆっくり振り返って香織を見た。その目は大きく見開かれていた。
(なんだ。ちゃんと、聞こえるじゃない。ウソつき。)
心の中ではそう悪態をつきながら、香織は幸子に向かって言った。
「今日から、一緒に頑張ろう!二人で、一緒に!」
突拍子もない言葉を向けられた幸子は、戸惑った風もなく、じっと香織を見つめていた。そして、昨日、藤原に向けた笑顔より大きく顔をほころばせながら、コクンとうなずいたのだった。
 
 その日の放課後、たった三人でのミーティングが行われた。藤原がこれからの練習の方針を打ち出したのだ。
「地区の新人戦まで、あと4週間。香織はともかく、白鳥は初心者だからな。練習内容を絞っていかなければ、マネキンのように突っ立っているしかなくなってしまう。」
今、幸子のことを「白鳥」と呼んだ。ちらりと香織の脳裏にそんなことがよぎったが、すぐに心の奥底に押し込む。
「今の段階で、コンビネーションの練習やフォーメーションの練習は無理だ。白鳥には最低限のアンダーハンドサーブとレシーブを身につけてもらう。それができないと、まるっきり白鳥が「穴」になってしまうからな。」
これには香織も大きくうなずいた。本来なら試合直前のこの時期は、実際の試合を想定したゲーム中心の練習が組まれる。しかし、ソフトテニスの初心者である幸子が、サーブを入れることができなかったり、相手のサーブを返す技術がなければ、ゲームそのものが成り立たない。藤原は神妙な面持ちの幸子に向かって言った。
「白鳥はコートに入って、アンダーハンドサーブの練習。それが終わったらレシーブ練習だ。」
幸子がコクンとうなずく。
「それから香織」
藤原はベンチの下から何やらビニール袋に入ったものを取り出すと、香織の目の前にぶら下げた。
「お前はこれを身に付けろ。プレゼントだ。」
「はあ?」
藤原がプレゼントと言うときは大抵、やっかいなものを押しつけられることになる。香織はこれまでの経験で嫌というほど知っていた。袋を受け取ろうとした香織は、そのあまりの重さに取り落としてしまった。袋はドスンという音とともに地面に吸い付いた。恐る恐る足下に落ちた袋を開くと、やたら大きな黒いリストバンドのようなものが4つ入っていた。一つを取り出して持ち上げる。重い。
「それは、『パワーアンクル』と『パワーリスト』ってヤツだ。」藤原が淡々と説明する。
「大きい方が『パワーアンクル』だ。一つで500gの重さがある。小さい方が『パワーリスト』。300gだ。それを、両手両足に付けてみろ。」
「えっ?こんな重いものを?」これをつけてテニスするなんて、昔の漫画みたいではないか。そんな気持ちが思わず言葉ににじみ出た。しかし、藤原が言う以上、ノーとは言えないこともこれまでの経験から分かっている。そして大抵はでたらめではなく、それにはきちんとした理由があるのだ。だから、香織や引退していった先輩たちは藤原についてきた。
香織はまず、パワーアンクルを足に巻いてみた。マジックテープで止めるようになっている。足が突然巨大化してしまったような錯覚に捕らわれ、自分のものではないような気がした。次にパワーリスト。同じように一巻きしてマジックテープで止める。重い。手の方が地面から離れている分だけ余計重力を感じるのかもしれない。両手足に付け終わると、立ち上がり、ちょっとジャンプしてみた。
「何これ?重い。急に太ちゃったみたい。ハハハ。」
おもしろがって何度もポンポン跳んでいる香織に向かって、藤原は言った。
「香織。お前は、それを付けてランニングだ。まあ、いきなり走るとどっか痛めるかもしれないから今日のところは歩いておけ。」
「はい。」
「いいか。今度の試合は、香織の体力にかかっている。」
新しいおもちゃをもらった子どものように喜んでいた香織は、藤原の言葉に、表情を引き締めざるを得なかった。
「はっきり言って、あと一ヶ月で白鳥にレシーブの技術を身につけさせるのは難しい。だから、お前たちペアが勝つためには、白鳥をできるだけ早くネット際に付けて、香織が相手のボールを、拾って、拾って、拾いまくるしかない!」
「・・・・・」
「わかるな。香織。」
「はい。」
「だから、最後まで、ゲームセットのコールがあがるまで、あきらめない体力と精神力を身に付けろ。それは、そのための道具だ。」
香織は返事をする代わりに、藤原を見つめ大きくうなずいて見せた。
あきらめていなかった。藤原も、それから、今日初めてラケットを握ったばかりの幸子もあきらめてはいなかった。自分だけが、新人戦のコートに立てればそれでいいや、なんて思っていた。香織は自分が急に恥ずかしくなった。と、同時に、藤原がここまで考えている以上、勝算はきっとあるのだと思った。
(よう〜し。頑張るぞ!)張り切って足を踏み出そうとした香織の背中に、藤原の声が追いかけてきた。
「ああ、それから、授業中以外は、それ、付けておけ。時間がないからな。」
「げっ!マジですか?」驚いて声を上げた香織に、藤原はこともなげに言った。
「マジです。」
それを聞いていた幸子がクスクスと笑った。
 
 香織は学校の敷地の外周をランニングコースに選んだ。普通に走れば、一周するのに10分もかからない。しかし、実際、手足に重りを付けて歩いてみると、想像以上の負荷がかかるのがすぐに分かったので、ゆっくり歩いて身体を慣れさせることにした。じんわりと汗が体中からにじんでくるのを感じる。(ダイエットにはいいかもしんない。)などと思ってみたが、9月はじめの日差しは容赦なく、5周ほどすると立っているのもしんどくなってきた。一度休憩して藤原の指示を受けようとコートに戻った。
 コートでは、幸子がアンダーハンドサーブの練習をしていた。しかし、どうもコートの様子がいつもと違う。ネットに奇妙なものが取り付けられているのだ。ネットを支える両サイドのポールに細長い竹がガムテープで固定されている。ポールの長さを延長した形だ。そして、両方の竹の先端は真っ赤なリボンで結ばれていた。つまり、ネットの上を平行して、真っ赤なリボンが走っているのだ。ネットとリボンの間隔は20cmくらいだろうか。どうやら、藤原は幸子にそのすき間を通して、サーブを打ち込ませようとしているらしい。
「いくらなんでも初心者にそんなこと・・・無理でしょ?」香織は思わずつぶやいていた。それが聞こえたわけではないだろうが、藤原が大きな声で幸子に檄を飛ばした。
「いいか?このネットとリボンの間を通すためには、ボールにドライブを強くかけなきゃだめだ。下からボールの上っ面をこするように・・・。そうすれば、ボールはネットを超えてすぐに落ちていく。」
「はい!」
幸子の素直で大きな声が真っ直ぐに返っていく。もう、何十球打ち込んだのだろう。身に付けている厚手のTシャツは水をかぶったように濡れそぼっており、額には汗で髪の毛が張り付いていた。それでも幸子の目には疲れなどみじんも感じられず、むしろ生き生きしているように思えた。幸子が長身をかがませて姿勢を低くすると、ラケットを右下方に引いてバックスイングをとる。驚いたことに、ぎこちないながらも、フォームはできあがりつつあるように、香織には見えた。しかし、そのあとがいけなかった。ボールを打つ瞬間、まともにラケットの面で捕らえすぎた。十分な順回転を与えられなかったボールは、真っ赤なリボンの上を大きく越え、サービスエリアをオーバーしてしまった。すぐさま、藤原の声が響く。
「だから、ボールを押し出す力を、回転する力に変えろって!イメージしながら打て。ボールを前に前に回転させるんだ!」
「はい!」
息を弾ませて返事をする幸子の声を聞きながら、香織はまた、ランニングコースに向かった。負けてはいられない。ただ、単純にそう思った。
 
 その日の練習がすべて終わったのは、午後7時近くだった。香織と幸子は水飲み場で、水道水をがぶ飲みすると、タオルで汗を拭った。辺りは薄暗くなり始めていたが、香織の気持ちは晴れやかだった。練習の終わりに誰かが側にいてくれる。一緒に練習の疲れを共有できる。それだけで最高の気分だった。しかし、初日からハードな練習を課せられて、幸子はどう思っているのだろうか。結局、香織は3時間近く重い身体を引きずって歩きどうしだったし、幸子も藤原に怒鳴られっぱなしだった。そう言えば、せっかくパートナーになったというのに、ろくに会話らしい会話をしていなかった。香織はさりげなさを装って、幸子に話しかけた。
「いきなり、きつい練習で疲れたでしょ?大丈夫?」
するとタオルで髪の汗を拭っていた幸子は、黒目がちな目を香織に向けると小さく笑って、顔を左右に振った。
「全然、平気。楽しかった。」
小さいがはっきりそう言った幸子に、香織は思わず聞き返していた。
「ほんとに?先生にあんなに怒鳴られて、嫌んなったりしなかった?」
幸子はちょっとだけ考えるような表情をしたが、またかすかに笑いを浮かべた。
「だって、あと一ヶ月ないし、私が千葉さんの足を引っ張ることを考えたら、仕方ないもん。それに。」「それに?」
「それに、私、ソフトテニスが好きになれそう。だから、頑張れると思う。」
「そう。」
なんでもないことのようにそう言う幸子が、香織には少しまぶしく見えた。そう言えば、と香織は幸子の練習を見ていて、感じた疑問を口にした。
「白鳥さん。ソフトテニス、初めてなんでしょ?でも、なんかフォームとか形ができていたし。前の学校ではどんなスポーツやっていたの?」
すると、幸子の笑顔が急にこわばった。困ったような表情を浮かべると、そのままうつむいてしまった。香織は慌てて取り繕うとした。
「ご、ごめんなさい。変なこと聞いて。忘れて、今の。」
幸子はしばらく黙ってうつむいていたが、やがて顔を上げた。その顔は微笑んでいたが、明らかに作り笑顔だった。そして幸子は
「・・・じゃあ、私帰らないと。さよなら。」
それだけ言うと、きびすを返して駆けて行ってしまった。その背中には、声を掛ける余地などなかった。
 あとに取り残された香織は、途方に暮れていた。何がいけなかったのだろう。やっと、パートナーに巡り会えたのに。そういえば、白幡章が言ってたっけ。誰が聞いても、前の学校で何部だったか、教えてくれないって。でも、なぜ?
その時香織の頭に、今朝、藤原が言った言葉がよみがえった。
「あいつのことは、ほっとけ」
必要以上に干渉するなってことだったの?
「だったら、そう言えばいいじゃん。」
香織は思わず、そうつぶやいていた。周囲はすっかり暗くなっていた。香織は一人、とぼとぼと自転車置き場に向かって歩き出した。
 
 
更新日時:
2011/08/28

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Last updated:2017/4/4