Last updated:2018/7/4
『まほろばの項』

過去・現在・未来からこぼれ逝く言葉の雫

 6    初恋の終焉
  小学校も高学年になると、そろそろみんな色気づき、僕の周囲でもいろんな男女交際の噂が浮上しては消えていた。
 当時、「交換日記」とやらがはやりはじめた頃で、昼休みや放課後、そういった連中はいそいそと、そして割と大胆にノートの交換をおこなっていたのである。
 僕はというとそういったいわゆる「モテル男子」たちとは一線を隔していた存在だったので相変わらず、「初恋」の彼女への思いを断ち切れずにいた。どうしたものか僕は小学2年生から中学3年生のはじめまで、彼女への思慕を抱きつづけたのだから、我ながらしつこいと言うか、何というか・・・。実に7年以上も続いた初恋なので、これはもうギネスブックモノかもしれない。今にして思えばなぜ、彼女にそんなに執着していたのか、自分でもよくわからない。彼女がいつも笑みを絶やさず、誰にでもやさしい女の子だった事は確かだけれど。
 ただ、僕が『えくぼセイジン』と呼んだ彼女が、どうしたわけかその間(つまり僕が彼女に恋しているあいだ)、誰とも交際をしていなかった、という事実が僕の想いを持続させるエネルギーになったのは、間違いないと思う。
 彼女がもてなかった訳では決してない。それはこれまでのエピソードが証明しているし、それ以外でも彼女を好きだという輩の噂話は、何度も僕の耳に聞こえてきたが、それは成就することなく終わっていたようである。
 この年代の多くは、女子主導で恋愛関係が成立することが多かった。簡単に言えば女の子の告白から始まる交際関係がほとんどだったのである。僕の『えくぼセイジン』は自分から、男の子に交際を働きかけるようなタイプの子ではなかった。
 僕はと言えば、時々何かの拍子に彼女と目を合わせるだけで、その日一日が幸せに感じられるくらいの「奥手」だったので、彼女に告白し、あまつさえ交換日記をしたり、デートをするなど、想像の域を越えていた。それでも、夜一人布団にもぐりこんで考えるのは、今日は彼女と何度目があったか、とかこんな会話を交わしたとか・・・そんなことばかりで、当時の僕の幸せの基準が彼女だったことは否定のしようがない。
 ときどき、トンでもない妄想を巡らせることもあった。
「彼女が他の男子と交際しないのは、本当は彼女も僕が好きなのではないか?」
まったく都合の良い話だが、僕は日に何度か彼女と視線を交わす度、その視線を通じて、僕の気持ちのいくばくかの情熱が、彼女の胸にこだましていると信じていた。おそらく、彼女は僕の気持ちに気づいていたに違いない。ただ、僕は結局、中学を卒業するまで彼女に告白する事はなかったし、もちろん彼女からの告白もなかった。結局、彼女が誰を好きだったのか、最後まで知ることができなかった。思春期の女の子が中学を卒業するまで異性に何の関心も持たなかったと言う事はあり得ないだろう。しかし、彼女が中学を卒業するまで誰とも付き合わなかったと言うのは事実なのだ。そして、彼女の「想い人」が誰なのか、という謎だけが残った。
 中学を卒業すると、通う高校がまったく反対の僕と彼女の接点は、皆無になった。ただ、時折、隣町に出かける道すがら彼女の家の前の道を自転車で走ることがあった。彼女がいないものか。偶然、出てきた彼女と「やあ!」なんて声をかけて・・・なんてことも夢想したが、そんなことはついぞ、1度もなかったのである。
 
 中学卒業から5年後の夏。僕は大学の夏休みで帰郷しており、暇を持て余していた。そんなとき、車を手に入れたばかりの友人が、僕を遊びに誘いに来た。手にいれた車を見せびらかしたかったに違いない。男だけじゃつまんねぇな、ということで何人かの女の子に声をかけることになった。その中の一人に「彼女」がいた。5年ぶりに見る彼女は、女性として魅力的なオーラを発していたが、笑うとできる両頬のえくぼは相変わらずかわいかった。その当時、彼女は医療短大で医療技師を目指していた。
 男ふたりに、彼女と彼女の友人の女の子、4人で海まで車を走らせた。友人が運転し、僕は助手席へ。彼女とその友人は高部座席に座った。車は海を目指し、危なげな友人の運転に、何度も女の子たちが悲鳴をあげるのを聞きながら、なんとか無事、目的地にたどり着いた。久しぶりの再会で僕らは良くしゃべった。話の詳細は良く覚えていないが、友人の噂話が中心だったように思う。そのとき、僕はふっと思いついた。
あの時代、彼女が誰を好きだったのか?聞いてみたい。そう思ったのだ。僕はすでに大学に好きな女の子がいたし、彼女への思慕はきれいな思い出として昇華されているように思っていた。だからこそ、そんなことを思いついたのだ。他のふたりが海の家にアイスクリームを買いに行って、僕と彼女がふたりきりになった時、僕はさりげなさを装って、彼女に聞いてみた。
「ずうっとさ、君に聞いてみたかったことがあるんだ。」
波打ち際で足を洗う彼女が、えくぼを浮かべながら「何?」と振り向いた。
「○○さんは、中学時代、誰が好きだったの?僕たち仲間内じゃ、ちょっとした謎だったんだよね。」
「・・・・・。」
彼女は、また海のほうに顔を向けると、黙ってしまった。波は変わることなく彼女の足を繰り返し洗う。波音がBGMとなり、ドラマの一場面のような錯覚を覚えた。僕は続けた。
「もう、時効でしょう?誰?」
彼女は振り向かずに足元の波しぶきを見下ろしながら聞き取れないような小さな声で答えた。
「・・・そんなものに、時効ってあるのかしら?」
「・・・・・。」僕は返事ができない。
すると、彼女は振り向き強い光を宿した目で、僕に言った。
「・・・あなたは?・・・あなたの言う時効って言うものがあるのなら、あなたが好きだった女の子は誰?」
僕は、思いもかけなかった彼女の反応に戸惑い、言葉を探す。
と、彼女の静かな笑いがぼくの耳に届いた。
「ふふふっ。ごめんなさい・・・。でも、自分は言わないで、私のを聞こうとするなんて、やっぱりあなたは『イジワル』だわ。」
そう言うと、きびすを返し彼女は他の仲間がいる、海の家まで走って行ってしまった。
 
それ以来、彼女とは会っていない。これからもきっと会うことはないだろう。彼女のことで僕が知っている最後の情報は、一つ年下の彼氏と結婚したとういことだ。
 
 ふしぎなもので、今でも小学時代の彼女の夢を見るし、彼女の実家の前を通る時は、不思議な緊張感を覚える。
「初恋」とはかくも苦々しく、そしてあらゆる思い出を超越して優しいものだと思う。
今夜も「えくぼセイジン」の夢を見そうな、そんな予感がする・・・。



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