Last updated:2018/7/4
『まほろばの項』

過去・現在・未来からこぼれ逝く言葉の雫

 5    キャンプ・ファイヤーの夜
 本年度から、週休二日制の導入にともない、学校教育が大きく変わってしまった。「総合の時間」や「選択教科」の時間が大幅に増え、これまでの必須教科の時間が大きく削られたのである。文部省のお偉方は、これが「ゆとり教育」であり「生き方を模索する教育」であると自慢げだが、現場の僕から言わせればチャンチャラおかしくって、へそで茶を沸かしてしまう。何より、今回の改定の一番の被害者は、当の生徒たちなのだから・・・。お偉方というのはどこを見ながら、机上の空論をやらかしているのか?生徒たち、いや子供たちがかわいそうだ。なぜかって?それはあきらかな比較の対象があるからだ。「僕自身の中学時代」という、今の子どもたちと詳細に比較できる対象が・・・。
 だから、これから描く物語は、できれば今の子どもたちや、文部科学省の自分は偉いと思っている人たちに読んでいただきたい・・・。さて、本編。
 
 中学2年生の夏休み。僕は、おそらく一生忘れられない「宝物のような」体験をした。
 当時、僕たちの中学校では夏休み中に各クラスの学級委員や生徒会役員が集まって「リーダー研修会」と呼ばれる、生徒会行事が行われていた。二泊三日で行われるこのイベントは、文字通り学校内のリーダーとされる生徒に、リーダーとしての自覚を持たせ、自信と行動力を目覚めさせることが目標だった・・・らしい。「らしい」というのは、目標などはともかく、このイベントのプログラムが「おおらかで」「楽しくて」「心暖まる」ものであり、目標なんてかたぐるしい物を掲げる必要などなかったからである。
 おそらく、この行事を企画したであろう当時の生徒会担当の教師がいたはずだが、僕は彼に感謝してやまない。
 プログラムの最初は、教師による講話から始まった。「リーダーとはどうあるべきか」ってやつだったと思う。その後、討論会。リーダーの望ましい姿を、ケンケンガクガクと話し合うのである。まあ、ここまでは型どおり・・・。そのあとが本当のこのイベントのイベントたるべき姿だった。当時の生徒会長は声高に言った。
「リーダーとは、『バカ』になることである。」はじめ、この言葉に僕は我が耳を疑った。「バカ」?なんで?その答えは、二泊三日が終った時、心に染みるようにわかったのだけれど。
 生徒会長の『バカ』宣言の後に始まったのが、大レクリェーション大会だった。つまりゲーム大会である。詳細を書くと切りがないので割愛するが、生徒会長が当時ののジュニア・リーダーであったことから、実にバリエーションに富んだゲームが次々に繰り広げられた。そして、「ゲーム」の後には必ず、敗者に与えられる「罰ゲーム」が待っていた。これもまた、さまざまな種類のものが用意されていた。代表的なのが「尻文字」である。例の(といっても知らない人もいるかもしれないが)「リーダーの『リ』の字はどう書くの?」「こうして、こうして、こう書くの!」ってやつ。はたから見たら、恥ずかしくてできたもんじゃないし、罰ゲームをせざるを得ない当事者はもちろん恥ずかしい。しかし、生徒会長は許さなかった。罰ゲームとて、ルールだ。ちゃんとやるべし!とゆずらず、顔を赤くして半泣きしている女の子にも、それを強制した。
そう、つまりこれが『バカになる』ということだったのである。この時の自分は、なぜこんな恥ずかしいことを・・・とちょっと反感を持ったものだが、その真の意味は少しずつ僕にもわかっていった。
 そのあと、生徒会の役員が引くフォークギターに合わせて大きな声で歌を歌った。校歌などではない。当時のはやり歌だ。「黄色い船」というテンポのいい歌で、僕たちは大きな声でそらで歌えるようになるまで、何回も何回も歌った(おかげでこの歌は、今でも3番までちゃんと歌える)。それから、当時の定番だった「フォークダンス」の練習。「マイム・マイム」と「オクラホマミキサー」・・・。そして「ビバ!アメリカ」。
ここでも、ちゃんと男女が手をつながないと生徒会長は声高に怒った。
「リーダーである君たちが手をつなげなければ、他のものたちはなお、つながないだろう!?」
僕らは従うしかなかった。
 
 ところで二泊三日もの間、僕等がどこに寝泊りしたかと言うと、校庭に張られた「テント」だった。食事も、もちろん自炊。僕等男子がテントの貼り付けに四苦八苦している頃、女子が、学校の調理室でカレーライスを作っているのだ。夕日が傾き始めた頃、ようやくテントを張り終え、へとへとになって頬張るカレーライスの味は、忘れようがない。
 また、「まっくらな夜のプールに入る」という体験をしたのも、この時が初めてであった。もちろん風呂代わりであるが、あれはちょっと・・・こわい。学校なんて幽霊話の一つや二つ必ずあるものだから・・・。
 とにかく、この「リーダー研修会」は「リーダー」を育てることができたかどうかは別として、多くの良き思い出を僕に残してくれた。書き綴れば切りがないのだが、最後にどうしてもこの紙面にしたためておきたい思い出がある。
 それは、リーダー研修会、最後の夜の「キャンプ・ファイヤー」だ・・・。日がもうじきくれる頃、僕らは「丸太」を積み上げ始めた。女子は最後の晩餐の準備。夕食を終え、星ぼしがその光を放ち始めた頃、儀式は厳かに、そしてけたたましく始まった。
ふつう、キャンプァイヤーは、しずしずと「火の神」が「火の子」に灯火を与える、という手法で始まる。しかし、生徒会長のアイディアは奇抜だった。何も知らず木々を積み上げた場所を中心に大きな円を描いて座っていた僕等の中に、突然、原始人の姿に変装した生徒会長たちが奇声をあげながら、飛び込んで来たのである。そして、聞いたこともない言葉で、歌い踊り出す。そこに「火の神」が登場し、ひれ伏した原始人たちに火を分け与えて行く。こうして、僕たちの円の中央に、大きな炎が巻き上がった。あれだけの火柱を見たのは生まれて初めてだっただろう。僕らはみな例外なく歓声を上げた・・・。
 一つだけ言い忘れたことがある。実はこの研修会には、彼女も参加していたのだ。そう、僕の「えくぼセイジン」。この二泊三日の間、僕は彼女と一緒に参加できたことの意味の大きさを知った。三日間。同じ物を食べ、同じ場所で寝。同じプールに入り、同じ驚きを体験したのである。何よりも、キャンプ・ファイヤーの灯りに火照る彼女の神秘的な顔を、そっと伺い見ることができたのだ。
 そして、とうとうイベントも最後を迎えた。原始人の扮装を解いた生徒会長の呼びかけで、皆がファイヤーを囲む。フォーク・ダンスの始まりである。相手の女の子と、肩越しに手を結びながら踊る「オクラホマミキサー」。次々に相手を変えながら、僕は「えくぼセイジン」の、彼女の居場所を探した。少しずつ、彼女との距離は近づいてくる。もう2、3人というところで「チャンチャン」と曲は終ってしまった。
「ヒューッツ!」どこからともなく歓声が上がり、皆もそれに呼応する。そして、「アンコール!アンコール!」の声。根負けした生徒会担当の先生が苦笑いしながら「これっきりだぞ」そう言って、フォークダンスは始まった。
やがて彼女が僕の隣にやってくる。彼女はいつもの笑みを浮かべちょっとうつむきかげんで、僕の懐にスッと入ってきた。右手を彼女の肩に回し、そっと握る。その柔らかさと小ささ。肩の細さに、僕は体中のアドレナリンが、放出されてしまうのではないかと思った。
(僕の顔は赤く染まっていないだろうか?)
そんなことも頭をよぎったが、彼女はずうっとうつむき加減で、僕の上気しているであろう顔などを見てはいなかった。しかし、互いに離れ、次の相手に移るとき、やっと彼女は顔を上げ僕を見たのだ。ほんの一瞬。彼女の目と僕の目があった。視線が交わされたのだ・・・・・。
 
 やがて、儀式が終了し、キャンプ・ファイヤーは終った。僕の中には、彼女の手のぬくもりと、彼女の瞳の中で揺れる炎の美しさだけが残った。
 
 その夜、テントにもぐりこんでも僕は中々眠れなかった。居たたまれなくなって僕はテントを抜け出した。と、人の気配。そこにはキャンプ・ファイヤーの残り火を座って眺める生徒会長がいた。手に長い棒を持ち、薪の燃えかすを突っついている。僕はそっと、そばに近づいて行った。会長が気がつき振りかえる。
「よう、佐々木か・・・。なんだ?眠れないのか?」
僕も少し離れて腰を下ろした。
「はい、なんかいろいろ考えちゃって・・・」
「そうか・・・」
と、会長はまた、棒で薪を突っつく。
「佐々木・・・」
「はい?」
「お前、好きな子とフォークダンス、踊れたか?」
僕はちょっと驚き、今まで残り火に向けていた目を会長に向けた。そして、こたえた。
「・・・はい・・・」
「そうか。そりゃ、良かったな。」
会長はニヤリと笑った。
「会長はどうでしたか?」
普段だったら恐れ多くて聞けなかったであろう事を、僕は口にしていた。
「俺か・・・はははっ」
会長は怒るわけでもなく、ちょっと自嘲ぎみに笑った後こう言ったのだ。
「踊れたよ。手もしっかり握れた。でも・・・。」
だんだん小さくなって行く会長の声を聞きのがさまいと僕は耳を、そばだてた。
「でも、アイツ、踊っている間、とうとう一度も俺の顔を見やしなかった。」
「・・・・・」
僕は答えることができなかった。と、会長は僕に向かっていった。
「もう、寝ろ。・・・俺はもう少し、こうしている。」
会長の横顔はもう、僕を受け入れてくれそうになかった。
「オヤスミナサイ」
「おう」
それだけの言葉を交わすと、僕はとぼとぼとテントに向かって歩き出した。ふっと振り向くと、いつも自信に溢れている、生徒会長の背中がなんだか小さく見えた。
(会長の好きな子か・・・。誰だったんだろう?)そんな事を考えているうちに、僕は静かに眠りに落ちて行った。
 
 会長が彼女「えくぼセイジン」に告白したと聞いたのは、その年の秋も深まり文化祭が終った後だった。
 彼女はたった一言、「ごめんなさい」と断ったそうだ。
 思わぬライバルがいたことに僕は驚いたが、キャンプ・ファイヤーの夜の会長の姿を想い、強敵の失脚を喜ぶことはできなかった。
 会長の小さく見えた背中が思い出され、切なさだけが苦々しく胸に残った・・・。



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