Last updated:2018/7/4
『まほろばの項』

過去・現在・未来からこぼれ逝く言葉の雫

 26    キャンパス・イリュージョン8『甦るときめき5(最終回)』
 大学を卒業して、20年以上の時が流れた。社交性といったものがおよそ欠如している自分だが、うれしいことに未だに親しくしてくれる大学時代の仲間がいる。数人で温泉を巡ったり、盆や正月に集まっては杯を重ねてきた。しかし、大学時代の僕のマドンナ佐藤加奈子とは、卒業以来、一度も会っていない。会う機会がなかったわけではないのだ。同窓会や大学の記念式典など、僕がその気になりさえすれば会えたのかもしれない。けれど僕は意図的に避けてきた。逃げていたといってもいい。そして、僕自身、自分が社会の中で生きていくことに忙殺されていき、時は流れていったのだ。
 2011年9月現在。僕は宮城県気仙沼市の空の下で生きている。あの3.11の日も僕はこの空の下にいた。幸運に恵まれ、今もこうして生きている。この夏、震災以来、初めて友人たちと再会し生きていることを喜び合うことができた。その友人の一人から、佐藤加奈子の名前が出た時は、驚きで胸が震えた。
「今、佐藤さんは結婚してG県に住んでいるそうなんだけど、わざわざ手紙をくれて、地震大丈夫だったか?ってさ。お前のことも心配してたから、大丈夫だって、返事出しておいたよ。」
しばらく僕は声も出すことができなかった。胸の震えが思うように止まらなかったのだ。そしてしばらくすると波紋が広がるように心の中に暖かいものが広がっていった。
(覚えていてくれたのだな。気にかけてくれていたのだな。)と。
 彼女と会うことはもう二度とないだろう。また、会う必要などない。僕にとっても、もちろん彼女にとっても。
 
 ただ、彼女の娘が今年高校三年生になったという話を聞いたとき、あの頃の、そう、初めて僕が出会った時の彼女に再会できるのではないか・・・?そんな、馬鹿な妄想を思い浮かべ、すぐに打ち消したのは否定しようのない事実だ。



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