Last updated:2018/7/4
『まほろばの項』

過去・現在・未来からこぼれ逝く言葉の雫

 25    時を越えて (言えなかったことば)
 最初に僕を見つけたのは君の方だった。うららかな春の風が、向こうから歩いて来る女性のスカートの裾を揺らしていて、僕はそちらに視線を奪われていたものだから
「佐々木先輩?佐々木先輩ですよね?」
と、よく通る大きな声で、スカートの主に呼ばれた時には、心臓が飛び出すかと思った。慌てて視線をあげると、いたずらっぽい笑みを満面にたたえた君がいた。
「うわぁー久しぶり。先輩、変わんないですよね。」
 それはどう言う意味だ?と心の中で突っ込みながら、僕は美しく成長した君の姿がまぶしくて、思わず立ち止まっていた。中学卒業以来だったから、実に10年ぶりの再会だった。同じ剣道部で、一学年下だった君。君が共通の知人の噂話を楽しそうに話す側で、僕は相づちを打ちながら、思いを遠くあの頃に馳せていた。
 中学3年生のバレンタインデー。君は親友の女の子をともなって、自転車置き場で帰り支度をしている僕の前にやって来た。
「先輩、この子が渡したいものがあるって。」
そう言うと君は女の子の背中をグイっと押し出し、僕に背中を向けた。その子の贈り物を受け取る間、僕が君の背中を睨みつけていた事など、君は知りもしないだろう。
と、君が笑いながら左手で口もとを押さえた時、僕は初めて気がついた。薬指に光る指輪。
「結婚、するんだ?」
思わずそんな言葉が口をついて出た。君は左手の指輪を見せびらかすかのように、僕に突き出す。
「ジャーン。来月、ゴールインです。」とうれしそうに微笑んだ。
「おめでとう。」
僕はやっと、それだけ口にする。
「先輩は?」
全然、と首を振ると
「じゃあ、紹介しますよ。どんな子がいいですか?」
君が真顔でそう言ったので、僕は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。
「いや、もう結構。」
「そうですか?」
不思議そうに、そしてちょっと残念そうな顔で君が言った。
別れぎわ、
「お幸せに。」
僕がそう言うと、君はまたあのいたずらっぽい笑顔を浮かべ、「ありがとうございます」とこたえながら颯爽と歩きだした。僕はその背中に向かって叫ぶ。心の中で。
「あの時。バレンタインデーのあの時、僕が好きだったのは、君だったんだぞ!」
その気持ちは今も変わっていないのかもしれない。なのに、2度も他の女の子、紹介しようとしやがって。
「絶対、幸せになれよ。」
僕はそれだけ、本当に小さくつぶやくと、きびすを返して歩き出した。胸の奥がちょっとだけうずいていた。



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