小説『ソフテ!!』

 ★二人の少女が出会い、そして青春が加速する!
   13  試されている
 チェンジコートそしてチェンジサービス。今度は瀬川中のサービスゲームだ。あの進藤はどんなサーブを打つのだろうか?夏の大会では、オーバーハンドからのフラットサーブをガンガン打ち込んでくるのが、天命が丘中のスタイルだった。サービスラインから離れて待ちながら、香織は集中力を高めて行く。ネットを挟んだ向こう側では、進藤が軽くボールを地面に打ちつけている。
 フッと動きを止めて、一瞬だけ香織を見つめた。(来る!)次の瞬間、ボールは背の低い進藤の倍ほども上げられ、「はい!」という気合いとともに打ち込まれた。オーバーハンドでギリギリのトップから打ち出されたボールは、唸りをあげて飛んでくる。あらかじめテイクバックして待っていた香織は、瞬時にラケットをボールに合わせた。リターンされたボールが相手コートに届くまえに、
「フォールト!」
と告げる審判のコールがあった。進藤のサーブはわずかにサービスラインをオーバーしたのだ。香織が打ち返したボールは、振り遅れたため右サイドにアウトしていたので、ふうっと安堵のため息が出た。そしてセカンドサーブに意識を集中させて行く。進藤のセカンドはオーバーハンドからではあったが、あきらかに、入れに来ているサーブだった。力のないボールがコート中央に入って来た。(これなら!)香織はフットワークを使って大きく回り込むと右サイドにレシーブを叩きこんだ。ストレートを警戒してサイドにより過ぎていた、相手の前衛の裏をかいた逆クロスが見事に決まった。さすがの進藤も動けない。
「0ー1」
審判のコールに小さくガッツポーズをとる。でも、
(でも、今の白鳥さんではあのサーブに対応できない。)幸子が血のにじむような練習を毎日繰り返して来たことは、香織が一番良く知っている。だから、その力も、現在の限界点もわかってしまう。
幸子が振り返り、レシーブのために下がって来た。その厳しい表情が幸子の緊張感を物語っていた。一瞬、目が合うと幸子は小さくうなずき、
「一本集中!」
そう叫んで、レシーブの態勢に入った。
「一本集中!」
香織も大声でそれに応える。そして進藤の紅いユニフォームが緩やかに動き出したかと思うと、次の瞬間、空気を切り裂くようなボールが飛んで来た。スピードボールに備えて十分下がっていた幸子の反応は早かった。ラケットを振り出すタイミングも、合っていた。しかし、
「アウト! 1ー1」
幸子のレシーブしたボールは、ネットにぶつかり転々と転がっていた。
「ナイスキャッチ!ドンマイだよ。」
香織は幸子の背中にそう声を掛けたが、返事はなかった。しかし、幸子は落ち込んでいる訳ではなかった。その証拠に、何度も素振りを繰り返し、今のレシーブを反芻している。
(集中力だ。)
以前藤原が言っていた、幸子のたぐい稀な集中力が、今高まっている。
(そうだ。今は私が出来ることを精一杯やるんだ。)
つぎのレシーバーは香織。そして相手の前衛がサーブを打つ。田中と記されたゼッケンを付けているこの前衛が、相手ペアのウィークポイントであることは間違いない。ここは確実にポイントをキープしておかなくては、私たちに勝ちはない。香織はグリップを握りなおした。
青いユニフォームの田中が、オーバーハンドからのサーブをポンと打ち込んできた。やはり、入れるだけの緩いサーブだ。これを、
(サーバーの足下に、打ち込む!)
上から緩く打ち込まれたボールは、高くバウンドする。香織はそれをフラットで思いっきり叩きこんだ。サーバーの足をかすめてボールはコートの外に飛び出した。
「1ー2!」
審判のコールを確かめて、(よし!)と心の中で声をあげる。と、幸子が踵を返して戻ってきた。
「ナイスレシーブ!」
幸子の声に二人は、パチンと手をあわせる。しかし、幸子の顔は硬く引き締まったままだった。次のレシーブ、いやこれからの一球一球がいかに大切か十分に分かっているのだ。香織は黙って、自分のポジションについて構える。
(じっくり行こう。白鳥さんをネット際にあげて、後は私が粘る。)
ベンチで足組みをしている藤原をチラリと見やり、
(それでいいんですよね。先生?)
と香織がつぶやいたまさにその時、幸子へのサーブが打ち込まれた。緩くて高いサーブ。幸子はアンダーハンドから思いっきりこれをすりあげた。ボールは強い順回転を保ったまま、コートを真っ二つに切り裂き、ベースラインの中央に落ちた。
「やった!」
と香織が声をあげそうになった時、ボールを追いかける影がスッと現れた。進藤だった。進藤は幸子の鋭いドライビングレシーブをバックハンドですくい上げた。なんてヤツ!香織はボールがロブになったことを確かめると、
「白鳥さん、上がって!」
そう叫んで、ボールを追いかけた。
(ここからが勝負よ。進藤さん!)
ボールは右サイドのコーナーギリギリに落ちた。香織は大きくバックスイングを取ると、おもいッきりフラットに叩きつける。パワーだったら負けない!ボールは風を切って相手コートの右コーナーに突き刺さった。とそこにまた進藤が現れた。待っていたかのようにコンパクトにラケットを合わせてきた。右クロスのラリーが始まった。それぞれが右コーナーで足を止めてボールを打ち合う。気は抜けない。しかし、と香織は思った。こんなこと私にとっては毎日じゃないか。3回、4回とラリーは続く。大丈夫。パワーはこっちが上だ。それが証拠に、進藤のショットはフラットだったものがドライブショットへと変わってきた。このまま打ち合っては不利だと考えたのだろう。
(ようし!)
そう思った直後、進藤の視線が幸子に向けられたのを、香織は見た。
「白鳥さん!」
香織がそう叫んだのと、パーンという打撃音が響いたのは同時だった。ボールは一本の矢が射られたかのように、まっすぐ幸子に向かって飛んでいった。次の瞬間、もう一度パーンという音が鳴るとボールはてんてんとコートの左サイドに転がっていた。
「1ー3!」
わぁー!と、ゲームを見守っていたギャラリーから歓声が上がった。幸子が進藤の強打したボールを見事にはね返して、ポイントを奪ったのだ。香織は思わず、幸子のもとに駆け寄っていた。
「やったね。ナイスキャッチ!」
そう言って二人でハイタッチを交わしたが、幸子の様子がおかしい。不満げな表情で、香織に向かって呟いた。
「今のは、左ストレートを抜こうと思えば、抜けたはずだわ。進藤さんなら。」
「えっ?」
そう言えば、幸子はラリーが続くのにつられ、だいぶコートの中央に寄ってきていた。左サイドはがら空きだったのだ。それをあえて狙わずに、アタックを仕掛けてきた。
「私たち、試されている。」
幸子が悔しさをにじませるかのように言った。その視線の先には、ボールをラケットで地面につきながら、身体を左右に振っている進藤の姿があった。香織もその姿を目に焼き付けながら、ならば、と思った。
「だったら、絶対勝って見返してやる!そうでしょ!」
香織が幸子に向かってそう言うと、幸子も力強くうなずき返した。そして離れ際、香織は一つの作戦を提案した。
「白鳥さんは、サイドを固めてストレートだけ気を付けて。ちょっとの間だけでいいの。後衛として勝負をさせて。お願い。」
幸子は一瞬、戸惑ったようだったが、小さくうなずくと
「頑張って!」
と言ってネットに向かって行った。
香織は、レシーブのポジションに入りながら、ラケットをもう一度ギュっと握りなおした。
(ようし。どっちが気仙沼ナンバー1の後衛か。勝負!)
 
更新日時:
2012/01/09

PAST INDEX FUTURE

ホーム プロフィール ● 『ソフテ!!』 『ソフテ!!』 映画化 計画! まほろばの項 光の項 『セカンド・バレンタイン』《白の項》 僕の好きなもの
映画大好き!


Last updated:2017/4/4