小説『ソフテ!!』

 ★二人の少女が出会い、そして青春が加速する!
   1  県大会 惨敗
 7月の終わりのテニスコートは、真上に上がった太陽の光をまともに受け、梅雨の間に蓄えた雨を、ゆらゆらとしたかげろうに変えて、雲一つない青空へ解き放とうとしているようだった。千葉香織は腰を低く降ろして、左右の足を交互に小さく踏みならしながら、相手のサーブを待っていた。パートナーの菅原美由紀は、いつでもネットにつけるようにサービスラインの前に出て、「さあ!こい!」と大きな声を張り上げている。最後まで攻撃的な布陣を崩そうとしない、監督の指示が吉と出るのか凶と出るのか。香織は汗でラケットのグリップが粘つくのを感じながら、息を潜めて相手の動きを見つめていた。「すうーはぁーっ、すうーはぁーっ」と頭の中でこだまする、自分の呼吸の音を鎮めたい。その一心でサーバーの動きに集中する。
 と、相手の真っ赤なユニフォームがゆったりと動き出した。白いボールは頭上に高々と上げられ、次の瞬間、稲妻のようにラケットが振り下ろされた。強烈なオーバーハンドからのフラットサーブがサービスライン、ぎりぎりに入ってきた。考えている暇などない。香織は瞬時にバックハンドでボールをさばくしかなかった。相手の前衛が触れることができない、高いボールを上げることだけを意識した。大きなロブがふらふらと上がっていく。「入れ!」香織は叫びながら、ベースラインまで走る。ボールはかろうじて、相手コートのライン際に落ちた。大きくバウンドしたボールを、敵の後衛はすでに大きくテイクバックして待っている。「はい!」甲高い声とともに打ち出されたボールは、ネットについていた美由紀の右サイドの空気を切り裂く。回転の少ない強烈なショットだった。でも、フォアなら打ち合いにもって行ける。それだけの練習はしてきた。香織は右サイドに駆け出すと、低くバウンドしたボールをフォアハンドで打ち返した。コートの対角線上でラリーが始まった。
「はい!」「はい!」
お互いの声と、ラケットがボールを打ち出す「パーン」という音だけが鳴り響く。2回、3回とほとんど足を止めた、クロスでの打ち合いが続いた。ミスは許されない。ちょっとした気のゆるみが、敵の前衛にチャンスボールを与えてしまう。そんなプレッシャーと戦いながら、香織はラケットを振り続けた。
と、相手がスッと右足を後方に引いたのが見て取れた。
(来る!左ストレート!)
香織は美由紀の背中に視線を移す。美由紀も同じことを考えていた。バックボレーに備えて体全体の緊張が一気に高まったのが、その気配で分かった。
「はい!」気合いの乗った相手のボールが、渾身の力ではじき出された。ところが、美由紀の意に反して、ボールは美由紀の眼前に向かって飛んできた。
「きゃあ!」
美由紀はラケットで顔をかばうのが精一杯だった。ラケットにあたったボールは力なく、ふらふらと相手コートに上がっていく。
(やばい!)
相手の前衛が3歩ほどバックステップしたかと思うと、
「おら!」
高い打点で捕らえられたボールは、強烈な威力で地面に叩きつけられ、バウンドして、なおスピードを失うことなく、香織の頬をかすめて飛んでいった。
「ゲーム ゲームセット! ゲームカウント 4−1 勝者 天命ヶ丘中学校 佐々木・岡崎ペア」審判のコールする声が、まだ構えたままゲームをあきらめきれない、香織の耳に空虚に響いた。
香織たち、徳倉中学校ソフトテニス部の夏の大会が終わりを告げた瞬間だった。
 
宮城県大会 団体戦1回戦敗退。そして、最後のゲーム個人戦1回戦敗退・・・。
気仙沼地区大会では無敵を誇ってきた徳倉中学校の、これが県での実力であり現実であった。
 
「香織、ごめん・・・ごめんね」
遅い昼食をとる間、美由紀は泣きじゃくりながら、何度も何度も香織に向かってそう繰り返した。
「美由紀先輩。先輩のせいなんかじゃありませんよ。わたしこそ、先輩にスマッシュチャンスを一度もつくることができなかった・・・。わたしの実力不足です。」
美由紀だけではなく、メンバー6人みんなが押し黙ったまま昼食を口にすることができずにいた。スポーツドリンクをのどに流し込むのが精一杯だった。
 3年生にとっては最後の大会だった。そして、それは夢の全中へと続く、大いなるトーナメントの一端だったのだ。自信があったわけではない。自分たちの力を過信していたわけでもない。ただ、はたして自分たちは力を出し切れたのか、やれることはやったのだと、胸を張って言えるのだろうか?誰もがそう自問自答しているようであった。
 やがて、顧問の藤原賢也が本部席から戻ってきた。肩までまくった真っ白なシャツが日に焼けた二の腕を際立たせている。キャプテンの高橋亜由美が「整列!」の号令を発したが、その声にはいつもの威勢の良さがなかった。それでもチームのメンバー6人全員は、素早く立ち上がり、藤原の前に整列する。
藤原は腕を組むとけげんそうな顔で、メンバー全員を見渡した。
「なんだぁ。しけた顔してんな・・・。」
メンバーの誰もが藤原の性格はよくわかっている。だから、慰めの言葉など誰も期待していなかった。
すると誰かの、嗚咽する声が聞こえてきた。はじめは押さえるように、やがて押さえきれず堰を切って、嗚咽は激しくなっていった。他でもないキャプテンの高橋亜由美だった。そして、それはみんなに伝染して、いつしか全員が顔を両の手で押さえて泣き始めていた。
 ソフトテニスは、「敗者審判」が原則となっている。負けたからといって、悔しさにまみれ、悲しみに暮れている暇などないのだ。すぐに、次の試合の審判をしなくてはいけない。だから、これまでこらえてきたものが、藤原の一言で、一気に溢れ出してしまったのだ。
中学生とはいえ、6人の女の子に目の前で泣かれては、さすがの「鬼の」藤原も困惑してしまった。
「あのなあ。お前たちは、自分たちの試合をどう思っているかわからんが・・・」
藤原は頭をボリボリかきながら言った。
「良くやったと思うぞ。今日の試合はもちろんだが、たった6人で地区大会で優勝して、ここまで来たんだからな。」
少しだけ泣き声がしずまった。
「泣くなったって無理だろうから、適当にしておけ。俺はもう少し試合を見ていく。みんなのことは親の会の会長さんにお願いしてあるから、なんかうまいもんでも食わせてもらって、今日は帰ってクソして寝ろ。」
すると、クスクスと泣き笑いの声が広がった。
「クソなんてしません」と菅原幸枝。
「ちゃんとお風呂に入ってから寝ますよ〜だ」と後藤リサ。
また、みんながクスクスと笑う。持ち前の元気が出てきたようだ。
「そんだけ憎まれ口がたたけりゃ、もう大丈夫だろ。今日はご苦労さん。」
「注目!」キャプテンの亜由美の声で、みんな居住まいを正す。
「ありがとうございました」「ありがとうございました!」全員で礼をして頭を上げたときには、もう藤原は試合場に向かって駆けだしていた。香織はその背中を目で追いながら、
(わたしはこれからどうしたらいいのだろう・・・)と一人途方に暮れていた。
 
 
更新日時:
2011/08/28

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Last updated:2017/4/4